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行 持  下 「 古聖の做処 」

正法眼蔵 行 持  下「 古聖の做処 」你 nanzi 見ずや達磨西来 sei-rai して少室山 syo-situ-zan の下に到り面壁九年す ( 知ってのとおり ( 達磨大師が西から来られ ( 少室山の下に到り ( 壁に向かって九年 ( 坐禅をなされました二祖、雪に立ち臂 hizi を断つに至って謂 ii つ可し、艱辛 man-sin を受くと ( 二祖慧可大師は ( 達磨大師の法を求めて ( 雪の中に立ち ( 自分の臂を断ちました ( これ...

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お疲れ様です!1月25日 月曜日如何お過ごしでしょうか?今日はお日様いっぱいやっと春の雰囲気でした今週も温かくなされてご健勝であられますようォ!....

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行 持  下 「 東喝西棒 」

正法眼蔵 行 持  下「 東喝西棒 」豈 ani 更に去って陞堂 sin-do 入室し拈槌 nen-tui 竪払 jyu-hotu し東喝 to-katu 西棒 sei-bo して眉を張り目を怒らし癇病 kan-byo の発するが如くに相 ai 似たるべけんや ( どうして高いところから ( 大声を出したり ( 棒を振り上げたりして ( 癇癪をふりまいて ( それでどうなるものでしょう唯 tada 上座 zyo-za を屈沈 ku-tin するのみにあらず況 iwan や亦 ma た先聖に辜...

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行 持  下 「 便りを著けず 」

正法眼蔵 行 持  下「 便りを著けず 」山僧 san-so 、今日諸人の面前に向かって家門を説く、已 sude に是れ便りを著 tu けず ( 私 ( 道元禅師 )は、今日 ( 先人達がどのように ( 修行されたかを述べました ( しかしこれも余計なことと言えます ( 時間も空間も ( 広大無辺に見えます ( でも実は ( 内に閉じた一つの玉 ( 一つの宝鏡だとします ( 世界の端ては ( 宇宙の彼方ではなく ( こ...

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行 持  下 「 寂 爾 」

正法眼蔵 行 持  下「 寂 爾 」音塵寂爾 onzin-zyakuni として消息宛然 en-nen たり一味蕭条 syo-zyo として趣向すべき無し ( 静かに坐し ( 気を身体の端まで射る ( 皮膚裏を結界として ( 手の指先、足の指先まで射る ( 世界の端てを遠方とせず ( 身体の皮膚裏とすれば ( 身体は内へ宝鏡となり ( 身体は寂円相となります....

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行 持  下 「 玉階苔蘚 」

正法眼蔵 行 持  下「 玉階苔蘚 」玉階苔蘚 tai-sen の紋 mon を鋪 si き人面煙霞 en-ka の色を帯 o ぶ ( 人跡未踏の深山 ( その緑陰、苔面が佇んでいます ( 百年天空を見て来た ( 千年の天空が ( そのおもてを育んで来た....

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行 持  下 「 春風秋凋 」

正法眼蔵 行 持  下「 春風秋凋 」春風 起る時枯木 龍吟 ryu-gin し秋葉 凋 sibo みて、寒林 花散ず ( 春風起こる時、新芽は笑い ( 秋風が起こる時、花は散ず気を漠然と使わず 「 十字に使う 」前後上下・左右上下この十字に沿って目一杯気を放射してみますいくら放ってもスカスカになりませんどんどん放てますこれって気力があるからじゃなく十字に放つと 「 宝鏡 」 に反射しすべて戻って来るから気を放つが、充実にイ...

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行 持  下 「 中霄の月 」

正法眼蔵 行 持  下「 中霄の月 」嶺上 猿啼いて露 中霄 tyu-syo の月を湿 uruo し林間 鶴 唳 na いて風 清暁 sei-gyo の松を回 megu る ( 猿の鳴き声が ( 山の深さを教えてくれます ( 果てしない夜空にあって ( 月は潤いを奏でています ( 林間、鶴が鳴いて ( 暁に松が目覚めます....

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お疲れ様です!1月18日 月曜日如何お過ごしでしょうか?あさって20日が大寒先日は水道が凍ってしまいありゃりゃ!でした今週も温かくなされてご健康であられますよう!お祈りいたします!....

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行 持  下 「 天外青山 」

正法眼蔵 行 持  下「 天外青山 」天外 ten-gai の青山 色 寡 sukuna く耳畔 ni-han の鳴泉 声無し ( 「 天外 」 とはそれ以上 ( 行けない「 境 」 の外 ( 知覚の外なので ( 盤石静寂のよう感じられます ( 「 天内 」 と 「 天外 」  ( それ以上行けない ( 「 境 」 があるって ( いいことかも知れません ( 「 身体の内 」 と 「 身体の外 」  ( 当たり前のことですが ( これって普段意識され...

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行 持  下 「 木馬石牛 」

正法眼蔵 行 持  下「 木馬石牛 」又 況 iwanya や活計 具足 gusoku し風景 疎ならず華 笑 e むことを解 ge し鳥 啼くことを解す木馬 長 tokosina えに鳴 i-nana き石牛 seki-gyu 善く走る ( まして無欲宝鏡の坐をなせば ( 心身に活力が宿り ( 何気ない風景も生き返ります ( 花は咲き、鳥が鳴いています ( 無欲、木の馬は永えにいななき ( 無欲、石の牛は元気に走り出します達磨禅師の面壁坐禅壁を前にして坐...

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行 持  下 「 専一に辨道せん 」

正法眼蔵 行 持  下「 専一に辨道せん 」化主 ke-syu を発せず唯 本院の荘課 so-ka 一歳の所得をもて均 ito しく三百六十分と作 na して日に一分を取って之 kore を用い更に人に随って添減 ten-gen せず ( 寄付を募る僧を派遣せず ( ただ寺院の荘園一年分の所得を ( 等しく三百六十に分け ( 日にその一で生活して ( 人数によって所得を増減しない以て飯に備 sonau べくんば則 unawati 飯と作し飯と作して足らずん...

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行 持  下 「 体 例 」

正法眼蔵 行 持  下「 体 例 」今 輙 sunawa ち 略 hobo 古人の住持たる体例 tai-rei に学 nara わんと欲す諸人と議定して更に山を下らず、斉 sai に赴かず ( 古人がなされた ( 日々の暮らし方を ( もっぱら習うものとします ( 道場にいるものは皆山を下りず ( 食の供養には赴かないとします道元禅師の主旨はどこまでも坐禅に取り組む時間をつくろう!身体で、水平をつくり垂直線を交差させるただそれだけの事で...

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行 持  下 「 先聖の附嘱 」

正法眼蔵 行 持  下「 先聖の附嘱 」山僧、行業取ること無うして忝 katazikena く山門に主たり豈 ani 坐 inaga ら常住を費やして、頓 ton に先聖の附嘱 hu-syoku を忘る可けんや ( 私 ( 道元禅師)は、修行も至らぬ身で ( かたじけないことに道場の主となった ( どうして衣食住にかまけて ( 先聖方が伝えようとした坐禅の行を ( ないがしろに出来ようか ( 「 着氷した瞬間に力を加える 」  ( スピードスケー...

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行 持  下  「 不虧 huki の人也 」

正法眼蔵 行 持  下 「 不虧 huki の人也 」投子 to-su は人をして米 bei を辨 ben じ同じく煮て共に餐 san せしむ你 nanzi が事を省取 sei-syu することを得んと要す ( 投子禅師(805-914)は ( 皆と食べ物を分かち合います ( 共に食し、皆が坐禅に専念出来るよう ( はからったのです且 sibara く従上 ju-zyo の諸聖此 kaku の如くの榜様 bo-yo あり若 mo し長処無くんば如何 ikan が甘 amana い得ん ( 祖師方...

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行 持  下  「 心を死了せん 」

正法眼蔵 行 持  下 「 心を死了せん 」你 nanzi 見ずや隠山 in-zan 死に至るまで肯 ae て人を見ず趙州 zyo-syu 死に至るまで肯て人に告げず ( 御存じでしょう ( 隠山禅師は ( 死に至るまで ( すすんで人に会うことは ( なされませんでした ( 趙州禅師も死に至るまで ( すすんで人に会話することは ( ありませんでした匾担 hen-tan は橡栗 syo-ritu を拾うて食 ziki とし大梅 dai-bai は荷葉 ka-yo を...

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行 持  下  「 心中無事 」

正法眼蔵 行 持  下 「 心中無事 」若し心中無事なることを得ば仏祖猶ほ是れ冤家 on-ke の如し一切の世事、自然に冷淡にして方 masa に始めて那辺 na-hen と相応せん ( 精神と二つの時間 ( そして、五感(身体) ( これを、正十字に位置づけすると ( 「 心中無事なることを得る 」  ( 心中無事なれば ( さらに神仏を志向することは ( むしろ 「 あだ 」 となります ( 正十字の座卓が整ってゆくと ( ...

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行 持  下  「 今時尽却 」

正法眼蔵 行 持  下 「 今時尽却 」所以 yue に先聖人をして只 tada 今時 konzi を尽却 zin-kyaku せんことを要せしむ能く今時を尽さば、更に何事か有らん ( 仏祖方が ( 威儀坐禅を ( お勧めなされるのは ( 身体に垂線を打ち込む時 ( 「 判断 」 は垂直になされるから ( 「 判断 」 が垂直になされると ( 「 判断 」 は ( 異次元の力を発揮するからです ( 身体の前後 ( 腰腹同量 →← に対して ...

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行 持  下  「 何ぞ須 motome ん 」

正法眼蔵 行 持  下 「 何ぞ須 motome ん 」止 tada 此 kaku の如くなるに於て何ぞ須 motome ん苦苦 kuku として貪恋することを如今 ima 歇 yame ずんば更に何 izu れの時をか待たん ( 「 かくの如くなる 」 とは ( 坐の求心十字で ( 全球なる鏡面をつくる事でしょうか ( かくの如くなると ( 十方へ向けて放つ ( 視線視矢が全球鏡面に反射され ( 坐の十字を通って戻って来る ( 「 視 」 「 眼 」 から...

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行 持  下  「 頭を飜じて尾と作す 」

正法眼蔵 行 持  下 「 頭を飜じて尾と作す 」況 i-wa んや無始従り以来是れ曾 katu て経歴せざるにあらず又是れ次第を知らざるにあらず頭 ko-be を飜 hon じて尾と作 na すに過 sugi ず ( 多くの輪廻転生の中 ( 私達は利と名に ( つき動かされて来ました ( 本来、欲望や不安は ( 未来→今、と言う ( 逆向きの時間を通って ( 私達に到来しています ( それらは選択肢の一つなのに ( 私達を規定し (...

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明けましておめでとうございます!2021年1月4日 月曜日如何お過ごしでしょうか?年末年始の大雪予想仙台はそれほどでもなかったそんな感じでした春までしばらく幾度か寒波もこようかと温かくなされて日々ご健康にお暮しなされん事衷心よりお祈りいたします....

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行 持  下  「 両頭撒開 sa-kai 」

正法眼蔵 行 持  下 「 両頭撒開 sa-kai 」直 ziki に須 subeka らく両頭撒開 sa-kai し中間放下して声に遇い色に遇うも石上に華 hana を栽 u-yu るが如く利を見、名を見るも眼中に屑 setu を著 tuku るに似たるべし ( ここからここまで ( 両端に囲まれてる ( その中にこもってる ( 私達はいつも身体にこもってます ( 「 stay body 」 してる ( ミケランジェロ 「1475-1564」 が ( 「 ピエタ 」 を創られ...

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行 持  下  「 攀縁 han-en 断絶 」

正法眼蔵 行 持  下 「 攀縁 han-en 断絶 」あるとき衆にしめすにいわく「 それ出家は塵労 zin-ro を厭 itoi ひ 生死を脱せんことを求めんが為なり 心を休め念をやめて攀縁 han-en を断絶す 故に出家と名づく 豈 a-ni 等閑 nao-zari の利養を以て 平生 hei-zei を埋没すべけんや 」 ( 芙蓉道楷禅師 1042 ~ 1118 は ( ある時、修行僧へ述べられます ( そもそも出家とは、錯綜を脱し ( 不生不死を明らめ...

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お疲れ様です!12月28日 月曜日如何お過ごしでしょうか?二十八日御用納め本年も一年、お疲れ様でした!良き年末年始であられますよう心より、お祈り申し上げます!!....

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行 持  下  「 日食粥一杯 」

正法眼蔵 行 持  下 「 日食粥一杯 」米湯 bei-to の法味つたはれり芙蓉山に庵せしに道俗の川湊 sen-so するもの僅 ooyoso 数百人なり日食粥一杯なるゆえにおほく引去 in-ko す師ちかふて赴斉 hu-sai せず ( 芙蓉道楷禅師 1042 ~ 1118 の ( 質素な宗風は世に伝わり ( 修行者が数百人も集まります ( とは言え、一日一食お粥一杯 ( その多くは去らざるをえません ( また、在家の方が ( 食を布施しようとし...

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行 持  下  「 師つゐに不受なり 」

正法眼蔵 行 持  下 「 師つゐに不受なり 」芙蓉山 huyo-zan の楷祖 kaiso もはら行持見成の本源なり国主より定照禅師号ならびに紫袍 si-ho をたまふに祖うけず、修表具辞す国主とがめあれども師つゐに不受なり ( 芙蓉山の ( 道楷 do-kai 禅師 1042 ~ 1118 は ( 坐の十字架を第一義とする ( そのお見本を示された方です ( 国主から 「 定照禅師 」 という号や  ( 「 紫衣 」 の申し出を受けましたが ( 道...

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行 持  下  「 三年の功夫 」

正法眼蔵 行 持  下 「 三年の功夫 」のちに仰山 gyo-san きたり侍奉 zi-bu す仰山もとは百丈先師のところにして問十答百の鶖子 syu-si なりといへども潙山に参侍して、さらに看牛 kan-gyu 三年の功夫となる近来は断絶し、見聞することなき行持なり三年の看牛、よく道得を人にもとめざらしむ ( その後 ( 仰山禅師が来られ ( 潙山禅師を手本として ( 坐禅を組まれます ( 仰山禅師はそれまで ( 亡き師 百丈禅師...

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行 持  下  「 道力化功 」

正法眼蔵 行 持  下 「 道力化功 」この潙山の行持の道力化功によりて風輪うごかず、世界やぶれず天衆の宮殿おだいかなり人間の国土も保持せるなり潙山の遠孫にあらざれども潙山は祖宗なるべし ( 潙山禅師は厳境の中 ( 坐の十字架を建てられた ( この事実は ( その時間空間の中 ( なされた行為ですが ( その時空を超えて ( 世界に刻印されています ( 私達が思いをはせるなら ( 同じ坐をなす時 ( ...

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行 持  下  「 目前の、いまのごとく 」

正法眼蔵 行 持  下 「 目前の、いまのごとく 」かくのごとく行持しきたれりし道得を見聞す身をやすくしてきくべきにあらざれども行持の勤労すべき報謝をしらざればたやすくきくといふともこころあらん晩学いかでかそのかみの潙山を目前のいまのごとくおもひやりてあはれまざらん ( 潙山禅師が ( 坐の十字架を厳しい場所で ( 建てられたと言う事を ( 私達は知ることが出来ます ( 身を正して聞くだけでなく ( ...

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お疲れ様です!12月21日 月曜日如何お過ごしでしょうか?久しぶりの雪景色でした温かくなされて今週もご健勝であられますよう !....

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行 持  下  「 山中の嶮岨 」

正法眼蔵 行 持  下 「 山中の嶮岨 」あはれんべし正法伝持の嫡祖 teki-soいくばくか山中の嶮岨 ken-so にわづらふ潙山 i-san をつたへきくには池あり、水あり、こほりかさなりきりかさなるらん人物の堪忍 kan-nin すべき幽棲 yu-sei にあらざれども仏道と玄奧と、化成することあらたなり ( 潙山禅師は ( 険しい山中にあって ( 正法の坐を護持されます ( 潙山という山は ( 池水多く、氷が重なり ( 霧が立ち込...

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行 持  下  「 活計 ka-kei なり 」

正法眼蔵 行 持  下 「 活計 ka-kei なり 」命をかろくし法をおもくする行持にあらずばしかあるべからざる活計 ka-kei なり薙草 ti-so すみやかならず土木いとなまず、ただ行持修練し辨道功夫 ben-do ku-hu あるのみなり ( 命を軽くして、法をおもんじる ( 既命を断裁して、新命を創造する ( 垂直一路の坐禅の活計です ( 草刈りや山門整備も大事ですが ( この身体を木材にして ( 仏塔本殿を造営するのが行持...

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行 持  下  「 穿却 sen-kyaku 」

正法眼蔵 行 持  下 「 穿却 sen-kyaku 」深夜のあめの声こけをうがつのみならんや巌石 gan-seki の穿却 sen-kyaku するちからもあるべし冬天のゆきの夜は禽獣 kin-zyu もまれなるべしいはんや人煙 zin-en のわれをしるあらんや ( 深夜、雨の声に耳を澄ますと ( 大地を濡らすだけでなく ( 固い石をも貫通するような ( そんな音の力が感じられます ( 冬天雪夜には ( とりや獣も姿が見えません ( 雪の音が...

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行 持  下  「 おもひやる 」

正法眼蔵 行 持  下 「 おもひやる 」潙山のそのかみの行持しづかにおもひやるべきなりおもひやるといふはわがいま潙山にすめらんがごとくおもふべし ( 潙山霊祐禅師 「 771~853 」  ( の当時の行いに思いをはせます ( 思いをはせるとは ( 自分が今、潙山に住んで ( 霊祐禅師と共に坐していると ( 威儀を正すことです ( 13世紀に生きられた道元禅師が ( 400年前・9世紀に生きておられた ( 潙...

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行 持  下  「 仏宇 butu-u 」

正法眼蔵 行 持  下 「 仏宇 butu-u 」末世の愚人、いたづらに堂閣の結構 ke-ko につかるることなかれ仏祖いまだ堂閣をねがはず自己の眼目いまだあきらめずいたづらに殿堂精藍 dendo-syoran を結構するまたく諸仏に仏宇 butu-u を供養せんとにはあらずおのれが名利 myo-rio の窟宅 ku-taku とせんがためなり ( いたずらに建物の建立に ( 気を向けることは愚かです ( 仏祖は立派な建物を願いません ( 諸仏がやどるの...

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お疲れ様です!12月14日 月曜日如何お過ごしでしょうか?あれって言う間に十二月も、中旬でしたさすがに寒くなりました今週も、温かくなされてご健康&ご健勝であられますよう!こころよりお祈り致しておりますッ!....

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行 持  下  「 龍象蹴踏 」

正法眼蔵 行 持  下 「 龍象蹴踏 」大潙山 dai-i 大円禅師は百丈 hyaku-zyo の授記 gyu-ki より直に潙山の峭絶 syo-zetu にゆきて鳥獣為伍 i-go して、結草修練す風雪を辞労することなし橡栗充食 syo-ritu zyu-ziki せり ( 潙山霊祐禅師 「 771~853 唐代 」 は  ( 百丈懐海禅師 「 749~814 唐代 」 から ( 坐禅の法を受け継つぎます ( その後、険しき潙山の山を坐禅の地に選びます ( 鳥獣を友として草庵を結び...

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行 持  下  「 慕 古 」

正法眼蔵 行 持  下 「 慕 古 」長慶 tyo-kei の慧稜 e-ryo 和尚は雪峰下の尊宿 son-syuku なり雪峰と玄沙とに往来して参学すること僅 kin 二十九年なりその年月に、蒲団二十枚を坐破す ( 長慶慧稜禅師 854~932 は ( 雪峰門下の優れた方です ( 雪峰禅師と玄沙禅師のもとで ( ほぼ二十九年学びました ( その年月、坐蒲が押しつぶされ ( 坐蒲を二十枚を更新されましたいまの人の坐禅を愛するあるは長慶をあげ...

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行 持  下  「 請 益 」

正法眼蔵 行 持  下 「 請 益 」諸方の玄学のなかに所未決 syoo-miketu あるはかならず師にしたがひて請益 sin-eki するに雪峰和尚いはく備頭陀 bi-zuda にとふべし ( 雪峰禅師は ( 「雪峰山」を坐禅の地に選び ( 玄沙師備禅師も従い ( 多くの修行者が集まりました ( 諸方の修行者の中に ( 坐禅の意味が理解出来ない者があれば ( 必ず師備禅師が寄り添い ( 雪峰禅師に教えを乞いました ( すると雪峰...

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行 持  下  「 玄徒臻萃 」

正法眼蔵 行 持  下 「 玄徒臻萃 」つひに象骨山 zo-kotu-zan にのぼりるにおよむですなはち師と同力締構 tei-ko するに玄徒臻萃 gento-sinsui せり師の入室咨決 shi-ketu するに晨昏 zin-kon にかはることなし ( その後、雪峰禅師は ( 象骨山「雪峰山」を坐禅の地に選びます ( 玄沙師備禅師も参加し ( その道場には ( 多くの修行者が集まります ( 師備禅師は常に ( 雪峰禅師を仏道の生きた見本と ( な...

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行 持  下  「 達磨、東土に来たらず 」

正法眼蔵 行 持  下 「 達磨、東土に来たらず 」異日 i-zitu 雪峰 召 yo んで曰く「備頭陀、何ぞ徧参 hen-san し去らざる 」師曰く「達磨、東土 to-do に来たらず 二祖、西天 sai-ten に往 yu かず 」 雪峰、之 kore を然 sika りとす ( 別の日、雪峰禅師は ( 師備禅師を呼んで尋ねます ( 小欲を整えるならば ( なぜ、諸方に赴き ( 仏法を求めないのですか ( 師備禅師は答えます ( 達磨大師は中国に来ら...

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お疲れ様です!12月7日 月曜日如何お過ごしでしょうか?十二月に入りさすがに寒く、なりにけり日々温かくなされて今週もご健勝であられますよう陰ながらお祈り申し上げます!....

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行 持  下  「 頭陀 zu-da 」

正法眼蔵 行 持  下 「 頭陀 zu-da 」福州 玄沙 gen-sya 宗一大師法名は師備 shi-bi福州 閩県 min-ken の人也姓は謝氏 sya-si なり幼年より垂釣 shi-tyu をこのむ小艇 ko-bune を南台江 nandai-ko にうかめてもろもろの漁者になれきたる ( 福州の玄沙宗一大師 ( 出家の名を師備 ( 玄沙師備禅師 「835-908」 は ( 福州 閩県 min-ken の方です ( 俗姓は謝 sya  ( 幼年から釣りを好み ( 小舟を南台江に浮か...

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行 持  下  「 生者の滅なき 」

正法眼蔵 行 持  下 「 生者の滅なき 」学道には、これらの小聞小見をならふことなかれ生者の滅なきもあるべし滅者の有思覚なるもあるべきなり ( 一度きりの人生 ( 大事に生きなきゃ ( でもそれって ( 現実の人生の一部分でしかない ( 千年前、そして千年後と ( 途絶えることなく生き続ける部分と ( 百年の寿命の中に生きる部分と ( この心身は共同体として存在してる....

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行 持  下  「 既在塔時の行持 」

正法眼蔵 行 持  下 「 既在塔時の行持 」いま四祖には未入塔時の行持あり既在塔時の行持あるなり生者かならず滅ありと見聞するは小見なり滅者は無思覚と知見せるは小聞なり ( 四祖・大医道信禅師 ( 安坐して逝 sei す ( 七十二歳でした ( そして、坐禅のお姿のまま ( 墓塔に安置されます ( その身体は ( もう生きてはいません ( しかし、四祖・大医道信禅師は ( さらに、その身体に働きかけます ...

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行 持  下  「 悉皆解脱 」

正法眼蔵 行 持  下 「 悉皆解脱 」しるべし、一切諸法悉皆 si-kai 解脱 ge-datu なり諸法の空なるにあらず諸法の諸法ならざるにあらず悉皆解脱なる諸法なり ( 四祖・大医道信禅師は ( 坐禅の形を用いて ( 何をなされてたのか? ( 前方から未来が ( 後方から過去が ( 坐禅十字の今ここに出会います ( 足下から現実が ( 真上からは精神が ( 坐禅十字の今ここに出会います ( 四者は空でもなく (...

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お疲れ様です!12月3日 木曜日如何お過ごしでしょうか?先週は、京都・奈良方面へ普段は大勢の観光客来られてるのでしょうが時節柄、閑散静寂な趣見ることが出来ました 。....

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行 持  下  「 儀相 gi-so 生けるが如し 」

正法眼蔵 行 持  下 「 儀相 gi-so 生けるが如し 」寿七十有二本山に塔をたつ明年四月八日、塔の戸故 yue 無くして自ら開く儀相 gi-so 生けるが如し爾後sono-noti 門人あえて復閉じず ( 四祖・大医道信禅師 ( 安坐して逝 sei す ( 七十二歳でした ( 禅師が住した破頭山に ( 墓塔が建てられます ( 明くる年の四月八日 ( 誰も開けてないのに ( その扉は開いていました ( 中を見ると ( そのお姿は威...

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行 持  下  「 安坐して逝 sei す 」

正法眼蔵 行 持  下 「 安坐して逝 sei す 」高宗 ko-so の永徽辛亥 eiki-kanotoiの歳 tosi 閏 uru 九月四日たちまちに門人に垂誡 sui-kai して曰く「 一切諸法は、 ことどとく皆 解脱なり 汝等 各自 護念して 未来に流化 ruke すべし 」言ひおわりて安坐して逝 sei す ( 唐の高宗皇帝の代 ( 永徽 eiki 二年  ( (651年) 九月四日 ( 大医道信禅師は急遽 ( 門人達に集まってもらいます ( 「 坐禅の構えで ...

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お疲れ様です!11月30日 月曜日如何お過ごしでしょうか?明日は十二月今週もご健勝であられますよう陰ながら、お祈り致します !....

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プロフィール

newstoday.jp

Author:newstoday.jp
佐々木正巳 
宮城県仙台市在住 
( 5-6-18 kunimi Aobaku Senndai )

62歳です。

仙台にお越しの折は
何気にお寄り下さいませ

ご連絡先はコチラでした!
090-7325-5711



師 沼田 勇 先生 
師 中川 宗淵 老師
師 瀬島 龍三 先生 

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文章を通しての師

沢木 興道 老師 ( 曹洞宗 )
Rudolf Steiner 先生




正法眼蔵・現代語訳はこちらでした。
http://newstoday.jp/









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