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記事一覧

護聖寺 gosyozi を草創 soso す

正法眼蔵 行持 ( 84 )大梅山 daibaisan は慶元府 keigenhu にありこの山に護聖寺 gosyozi を草創 soso す法常禅師 hozyo zenzi その本元 hongen なり禅師は襄陽人 zyo-yonin なり大梅法常禅師Dai-bai Ho-zyo zenzi 七五二~八三九八世紀から九世紀、約1,200年前の中国の方です日本はと言うと、奈良平安時代スマホライフな現代からみると大昔です「 歴史 」を書かれたギリシャのヘロドトスこの方は紀元前5世紀に生...

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お疲れ様ですッ!2月27日 月曜日如何お過ごしでしょうか?冬の初めには10度で寒いと感じました今は10度で春を感じます梅の花が咲き出し土手には蕗の薹ご登場はいっ!今週も温かくなされご健康ご健勝であられますよう心よりお祈り申し上げます!....

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徧界 hen-kai 一叢林なり

正法眼蔵 行持 ( 83 )入之 nyu-si 一叢林 iti-sorin なり出之 syu-si 一叢林なり鳥路 tyo-ro 一叢林なり徧界 hen-kai 一叢林なり多くの修行僧が何も語らず、坐禅堂にお坐りになられてる静かな森林に立ち並ぶ古木のようです「 ここにおられる方々は唖ですか 」こう問えるのは、その方が身体の中や身体の外におられる時ですしかし目の前におられる修行僧は身体の中にも身体の外にもおられません瞬間瞬間坐相という形を整...

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あやしむことなかれ

正法眼蔵 行持 ( 82 )行持の寸陰sun-in を可惜許 kasyakuko なりと参学すべし不語を空然 ku-nen なるとあやしむことなかれ振り返ってみれば貴重な時だったでもその時は、「 何か手応えがないなぁ 」そうは感じられないものである中国であれ日本であれ宗教実業家ではなくシンプルに坐禅に親しみを覚えた方はどんな 「手応え」 を感じておられたのか求道の修行僧にあらずども聞いてみたいとろである「 おられる おら...

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われに不知なり、われに不会 なり

正法眼蔵 行持 ( 81 )不離叢林の行持、しづかに行持すべし東西の風に東西することなかれ十年五載の春風秋月、しられざれども声色 syosiki 透脱 todatu の道ありその道得 dotoku 、われに不知 huti なり、われに不会 hue なり多くの修行僧が坐禅堂に会し静かに壁の前に坐っています、荘厳なるものです西欧の修道院では、日々早朝礼拝堂に厳粛なる讃美歌が、静かに響いています共に人のわざとは思えない荘厳さです「 こ...

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得恁麽なりとしらざらんは、あはれむべき自己なり

正法眼蔵 行持 ( 80 )至愚 sigu のみづからは不唖漢 huakan をしらず、不唖漢をしらせず阿誰 asui か遮障 syasyo せざれども、しらせざるなり不唖漢なるを、得恁麽 toku-inmo なりときかず得恁麽なりとしらざらんは、あはれむべき自己なり趙州 zyo-syu 禅師 120年の生涯どれだけの時間壁の前で、静かにお坐りになっておられたことか「 あの古仏の道場には多くの  修行者が集まってるが、みな唖ではないのか  」...

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。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。菱田春草お疲れ様ですッ!2月20日 月曜日如何お過ごしでしょうか?気温はさほどですが陽射しはすっかり温かく蕗の薹さんもお顔を出されて今週も温かくなされてご健康ご健勝であられますよう心よりお祈り申し上げます!....

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不離叢林

正法眼蔵 行持 ( 79 )しかあれば、行持の至妙 simyo は不離 huri 叢林 sorin なり不離叢林は脱落 datu-raku なる全語 zengo なり。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。上村松園他に誰もいないところで、一人声をあげて歌う協調という一面はあるけど、みんなで声をそろえて歌う「 どちらも楽しそうですね! 」坐禅は形ゆえ「 詩歌とは異なジャンルだろう 」これがどっこい、造形は...

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仏 butu 道 do 声 syo をきかざらんは

正法眼蔵 行持 ( 78 )仏道かくのごとし仏 butu 道 do 声 syo をきかざらんは不語の不唖漢なる道理あるべからず「 仏道の声とは、どのようなものだろう ? 」仏教の書を読む多くの人が、そう思います誰かがそこで何かをなされたそこでそのような会話がなされたこれは読み進んでいてもイメージとして理解出来ます「 あのお店のお蕎麦、とても美味しかったですよ! 」日常の会話でこれで違和感を感じることはありませ...

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不語なりといへども

正法眼蔵 行持 ( 77 )これ行持をしめすなりしるべし、十年五載の不語おろかなるに相似 sozi せりといへども不離叢林 huri-sorin の功夫 kuhu によりて不語なりといへども唖漢にあらざらん五年十年、何も語らず壁の前に坐り続ける愚かにもほどがある、そのようにしか見えません「 私は何も語りませんが ・ ・  世界は、語る語らないどころじゃありません 」静かに坐して工夫を重ねる修行者の身に世界は己の秘密を...

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お疲れ様ですッ!2月13日 月曜日如何お過ごしでしょうか?窓の外はみぞれのような小雪さん静かに舞い降りてます震災の日も小雪舞ってましたのでやはり温かくなるのはお彼岸過ぎでしょうか今週も温かくなされてご健康ご健勝であられますよう心よりお祈りいたしております!....

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叢林 sorin を離れず

正法眼蔵 行持 ( 76 )あるとき、衆にしめしていはく你 nanzi 若し一生 叢林 sorin を離れず不語 hugo なること十年五載 gosai すとも人の你を喚 yo んで唖漢 akan と作すことなからん已後 igo には諸仏もまた你を奈何 ikan ともせじ............................................................下村観山ある時、趙州 zyo-syu 禅師はこのような教示をなされたあなたが一生、この坐禅の行を離れず五年十年と何も語らな...

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恋慕すべき操行 sogyo なり

正法眼蔵 行持 ( 75 )まことに上古龍象 zyoko-ryuzo の家風なり恋慕すべき操行 sogyo なり八十歳まで、探求の旅を続けられそれから四十年間、後進の指導にあたられた趙州 zyo-syu 禅師ほとんど食さなくても、お元気であられたほんとうにお慕い出来る方とはこのような方だ趙州 zyo-syu 禅師のどこが素晴らしいのでしょうほとんど食さなくても、お元気であられるこれは、精神が心魂を完全に掌握して心身が平安だというこ...

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常住 zyo-zyu に米穀 bei-koku なし

正法眼蔵 行持 ( 74 )四十年のあひだ、世財をたくはへず常住 zyo-zyu に米穀 bei-koku なしあるいは栗子 risu 、椎子 suisu をひろうて食物にあつあるいは旋転 sen-den 飯食 bon-ziki す..................................................「 郷土早春風景 」 小野竹喬八十歳まで、探求の旅を続けられそれから四十年間後進の指導にあたられた趙州 zyo-syu 禅師趙州禅師は金品を蓄えませんそれゆえ、趙州禅師の道場に...

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白衣の観音様

白衣の観音様通説の意味から離れます白い衣全身白づくしの衣をまとうは昔の世では至難の事でしょうしかし、白い衣をまとわれてるこのような表現をお使いになられてるこれは衣にあらず身の輪郭の事だと察せられます....

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瞳の表面で

身体の輪郭線 2春は向こうから、こちらへやって来て下さる古来、禅僧のスタンスはこの 「 待つ 」 にありどこでお待ちに、なっておられるのか瞳の表面でお待ちになられてる....

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お疲れ様ですッ!2月6日 月曜日如何お過ごしでしょうか?立春を過ぎ早朝東のお空春の光衣まといけりです地表はというと、まだまだです水道は凍ったきり ・ ・いつ融けるんでしょう ?はいっ!今週も温かくなされご健康ご健勝であられんこと心より、お祈り致しております!....

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横山大観先生の「 朦朧(もうろう)体 」

身体の輪郭線 1横山大観さん(1868~1958年)輪郭線を描かず、色彩を重ねたりぼかしたりそこから圧倒的世界が立ち現れましたこの表現方法は当初「 朦朧(もうろう)体 」 と酷評されます墨で絶妙な輪郭線を描くことこれが日本画の核心だったから....

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版木に彫刻刀で線を引く

十 指 禅 ( 14 )いにしえの方々は坐禅を幾十年探求なされたただ、じっとしているだけですまったくもって、生産性ゼロであるこのように判断するのが人情ですただじっとしてる、それだけでしたらそうかも知れませんしかし禅僧の方々が、ぼぉ~としてたそうとは考えられません坐禅、坐相と言う輪郭線を描いていたまるで版画の世界で、版木に彫刻刀で線を引くそんな職人さんの緻密さでそれが何か意味あるのですか?そう当然問...

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内界と外界が、浸透しあうところ

十 指 禅 ( 13 )十 指 禅 と言うテーマで進めて来ましたこれは、指先に、身体の端に居するこれを強調するためですノヴァーリス ( Novalis 1772 - 1801 ) が述べられた「 内界と外界が、浸透しあうところ 」これを思惟すれば国語として扱えば、一秒もかかりませんこれを現実の身体において、この文意を読み解くそうなると、一秒が吹っ飛んで、幾十年になってしまいます....

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いまだ八旬にいたらざらん

正法眼蔵 行持 ( 73 )いまだ正法正伝せざらん余人 yonin は、師よりもかろかるべしいまだ八旬にいたらざらん余人は、師よりも強健なるべし壮年にして軽爾 kyoni ならんわれらなんぞ老年の崇重 su-tyo なるとひとしからんはげみて辨道 bendo 行持 gyozi すべきなり八十歳まで、探求の旅を続けられそれから四十年間後進の指導にあたられた趙州 zyo-syu 禅師はるか高みにおられるとは言え私達はそのスタート地点の、八十歳...

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プロフィール

佐々木正巳

Author:佐々木正巳
青葉坐禅堂



宮城県仙台市青葉区国見5-6-18
( 5-6-18 kunimi Aobaku Senndai )

090-7325-5711 佐々木正巳 まで










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