仏道の通達 tudatu
- 2023/05/31
- 07:55
正法眼蔵 行持 ( 140 )
大慈 daizi 寰中 kantyu 禅師 いはく
「 一丈 itizyo を説得せんよりは
一尺 i-syaku を行取 gyosyu せんに如 si かず
一尺を説得せんよりは、一寸 isun を行取せんに如かず 」
これは、時人 zinin の行持おろそかにして
仏道の通達 tudatu をわすれたるがごとくなるを
いましむるににたりといへども
一丈の説は不是 huze とにはあらず
一尺の行 gyo は一丈説よりも大功 daiko なるといふなり

zyo 一丈、約 3m
syaku 一尺、約 30cm (一丈の十分の一)
sun 一寸、約 3cm (一尺の十分の一)
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大慈 daizi 寰中 kantyu 禅師 ( 780 - 862 ) は
八世紀から九世紀、中国・唐時代の方
日本は平安時代
797年 坂上田村麻呂が征夷大将軍に
804年 空海と最澄が遣唐使船で出航
819年 空海が高野山に金剛峯寺を建立
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「 行持おろそかにして 」
では、何を密に行えばいいの ?
教えてほしい、見せてほしい。 とあいなります
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川合 信水(かわい しんすい1867年 - 1962年) 氏が
師である 押川 方義(おしかわ まさよし 1850年 - 1928年 ) 先生は
どのような方だったんですか? と問われて
「 いつも聖書と一緒におられた 」
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「 いつも坐禅を灯として歩む 」
これは??な内容ですが
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坐禅に親しみがあるような今にする
対人対話激動時はともかく
一人いる時は
いつも静かに坐ることが出来る感じ
坐禅に移行できる、身近な感じがする
静かに坐すを 「 標準時 」 とする
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