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行 持  下  「 鬼の先骨 」




正法眼蔵 行 持  下
 「 鬼の先骨 」


いまわれら道のために
すてざらん髑髏は
他日にさらされて
野外にすてらるとも
たれかこれを礼拝せん
たれかこれを売買せむ
今日の精魂かへりてうらむべし

 ( 今生只今
 ( この身の中にあるので
 ( 自分では呪縛の解けない業火を
 ( 元の火に戻す事が出来るのです
 ( そのいつくしみを
 ( 私達が提供しなかったら
 ( その業火はまた私達と共に
 ( 輪廻転生せざるをえません
 ( その苦しみ悲しみを
 ( 残された髑髏が語ります


鬼の先骨をうつありき
天の先骨を礼せしあり
いたづらに塵土に化するときを
おもひやれば
いまの愛惜なし、のちのあはれみあり

 ( 死して後
 ( 苦しみ悲しみを語る
 ( 己の髑髏を見たら、どう思うでしょうか
 ( 死して後
 ( 共に暮らした業火を
 ( 少しでも成仏させて上げる事が出来
 ( 身軽になった己の髑髏の
 ( その安寧を見ることが出来たら
 ( どう思うでしょうか



20201021SS00001.png
 ( 正法眼蔵なる
 ( 面壁坐禅の法
 ( 800年前、道元禅師の時代
 ( 2500年前、釈尊の時代
 ( そして現在、どの時代でも
 ( 何を、なされてるのですか?
 ( まったく理解不能で
 ( 解かれる事を待ってる方程式のようです



20201021SS00002.png
 ( 面壁坐禅を
 ( ひとつの建築と見てみます
 ( これは生活のための建築 
 ( 平和安寧に暮らすおうち ?
 ( とても、そうは思えません
 ( もしそうなら、世界中の人が
 ( いつでもスマホを見るよう
 ( 面壁坐禅は既に
 ( 世界中の方がなさってたはずです



20201021SS00003.png
 ( 面壁坐禅を
 ( ひとつのお墓と見てみます
 ( 道元禅師がなにゆえ
 ( 髑髏のお話しをなされるか
 ( こちらの方が近いかも知れません



20201021SS00004.png
 ( 霊界・神界? と
 ( 地上の生との接点
 ( それが面壁坐禅とします
 ( そのような接点を設けて
 ( 何を、なされるのですか ?
 ( 霊界・神界?で
 ( 成仏出来ない業火を
 ( ここで成仏して頂こうとしてる



20201021SS00005.png
 ( 霊界・神界?で成仏出来ない
 ( Nn ~ n ?です
 ( 死して霊界・神界?へ行けば
 ( 誰でも成仏出来るんじゃないですか



20201021SS00006.png
 ( 霊界・神界?
 ( それって死後の世界ですか?
 ( いや、この今生・地上生こそが
 ( 火が、風・水・土 に呪縛された
 ( 死後の世界かも知れません
 ( こちらから、あちらを見てるのではなく
 ( あちらから、こちらを見てる
 ( これが正法眼蔵
 ( 面壁坐禅の法の理解を遮る
 ( 大いなる謎のように思われます



20201021SS00007.png
 ( 正法眼蔵なる面壁坐禅の法
 ( このお墓建築って
 ( こちらから、あちらへの扉じゃなく
 ( あちらから、こちらへ開いてる
 ( 扉なんじゃないかと



20201021SS00008.png
 ( 面壁坐禅の内十字
 ( 六本の矢はすべて
 ( 心身の中心へ向いています
 ( 頭頂・眉間・人中って
 ( 真上からの矢は
 ( 垂直に勢い良く下されます
 ( その矢は何を貫くのでしょう



20201021SS00009.png
 ( 背後から流れて来る
 ( 意識無意識の記憶 ( 時間 )
 ( 前方から問いかけて来る
 ( 記憶の鏡像としての業火
 ( 上からの垂直の矢は
 ( これらを貫き解氷粉砕し
 ( 呪縛を解くが如しです



20201021SS00010.png
 ( 頭頂・眉間・人中って
 ( 真上から放たれる矢って
 ( 自分に由来するでしょうか
 ( いや、しません
 ( 自分は前後の時間であり
 ( 依って立つ真下の土だから


20201021SS00011.png
 ( 頭頂・眉間・人中って
 ( 真上から放たれる矢は
 ( 自分に由来せず
 ( 神界・正法眼蔵から放たれる
 ( いつくしみ、救済の矢では
 ( ないでしょうか


20201021SS00012.png
 ( 元気な火が 
 ( 風・水・土 って
 ( なんか知らないけど
 ( 窮屈な感じに
 ( 呪いをかけられちゃった
 ( その意味でこの地上生すべては
 ( 死後の世界と言えるかも知れません


20201021SS00013.png

 ( 神界・正法眼蔵
 ( そこからの矢を受けて
 ( それで呪いを解いて上げる
 ( 元の元気な火にお帰り頂く
 ( 面壁坐禅という名のお墓って
 ( ぜんぜん静かじゃない
 ( ランチ屋さんの
 ( お昼のキッチンくらい活気に満ちてる
 ( そんなお墓なのかも知れません




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プロフィール

佐々木正巳

Author:佐々木正巳
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「国際交流のための坐禅会」

(ご希望に合わせ随時開催・参加費無料)

2006 東京国立博物館(上野) にて開催
2006~2015 仙台国際センターにて毎月開催
2022 ~  仙台 国見にて随時開催





道元禅師が述べられる 「 正 法 」 は、坐禅に他なりません
Dogen Zenji's definition of "true Dharma" is nothing other than zazen.
生涯が終わる時、私達はこの身を後にします
身体を持たない心魂の精髄が
その後どのように歩んで行くかは、想像すること能わずです
When our lifetime ends, we leave this body
The essence of the mind and soul without a body
We cannot imagine how we will go on after that.

このレポートでいつも述べている
「 身体の中に線を引いて、それを見えなくなるまで細くする 」
I always state in this report.
Draw a line through the body
and make it thinner until you can't see it.
深い眠りに落ちてゆく感じ、そんな感じがします
睡眠では、意識は途切れてしまいます
一方、「 線の見えない化 」 では意識は当然継続してます
「 線の見えない化 」 と言う、とても積極的行為をしてるのですから
The feeling of falling into a deep sleep
That's what it feels like.
In sleep, consciousness is interrupted.
On the other hand
In "Make Lines invisible ," Awareness Continues, of Course.
「 Make Lines invisible  」  It's a very positive act.

これは、とても不思議な物事の進め方です
「 身体から離れる 」 これを現出させるために
身体の造形行為を、その発射台に活用してます
This is a very strange way of doing things!
In order to manifest this " leaving the body "
I use the act of modeling the body as a launching pad.

「 身体から離れる 」 しかも意識を保っている
何故、これが 「 道 」 なのでしょう
" leaving the body "  and still conscious.
Why is this a "true meaning"?

人は、パンがなければ生きていけない
それを、否定できないでしょう?
それに対する答えは、「 人はパンのみに生きるにあらず 」
悪魔と、キリストとの間でなされた問答です
People can't live without bread.
You can't deny that, can you?
The answer to this question is that man does not live by bread alone
A Question and Answer Between the Devil and Christ

悪魔は、パンを足掛かりに人を操る
身体を足掛かりに、人を操るとも言えます
The devil uses bread as a stepping stone to manipulate people.
It could also be said that
the body is his stepping stone to control us.

しかし、悪魔は私達が進化するために
そのような役割を担ってるとも言えます
But the devil is for us to evolve
It can be said that it plays such a role.

意識は保たれている、しかも身体から離れてる
同時に、坐禅と言う造形を継続してるのですから
身体から離れてないとも言えます
まるで、悪魔を無力化してお縄にしてるようです
Consciousness is maintained.
And it's far away from the body.
At the same time, you are continuing the form of zazen.
you can say that you are not detached from your body.
It's as if he's incapacitating the devil and putting him in a noose.

では、悪魔の方から見たら
それはどんな場面となるでしょう
So, What would this scene be like
from the devil's point of view?

「 やれやれ 」 でしょうか
人の魂を進化させるための鬼コーチ
やっとその任務から解放されます
Good grief, right ?
strict coaches for Evolving Human Souls
He is finally free of that mission

坐禅の中にある解放感
これは坐禅をしてる人の解放感ではなく
人間に関わらざるを得なかった悪魔の解放感だと
任務は終った、霊界へ帰ろう、でしょうか
A sense of liberation in zazen
This is not a sense of liberation for the zazen practitioner.
but the liberation of the demons
that had to be involved with human beings.
I have completed my mission,
let's go back to the spirit world, shall we ?








宮城県仙台市青葉区国見5-6-18
( 5-6-18 kunimi Aobaku Senndai )


仙台にお越しの折は
気軽にお寄り下さいませ

ご連絡先はコチラでした!
090-7325-5711



師 沼田 勇 先生 



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文章を通しての師

Rudolf Steiner 先生
沢木 興道 老師 ( 曹洞宗 )


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https://www.youtube.com/channel/・・・・








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