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行 持  「 洛陽にいたりぬ 」



正法眼蔵 行 持  下
 「 廓然無聖 」

 
帝曰く
朕 ware に対する者は誰 ta そ
師曰く
不識 hu-siki
帝、領悟 ryo-go せず
師、機の不契 hukei なるを知る

 ( 武帝が述べられます
 ( 師は、凡も聖もないと述べられましたが
 ( 師は、凡なのですか、聖なのですか
 ( 師がお答えになります
 ( 「 識りません 」
 ( 武帝は師の言葉を理解出来ません
 ( 達磨大師も武帝とは
 ( 仏道の因縁が熟してないと知ります



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ゆゑにこの十月十九日
ひそかに江北にゆく
そのとし十一月二十三日、洛陽にいたりぬ

 ( 武帝と良好な関係にならず
 ( 10月19日 [ 527年]
 ( 金陵 kin-ryo を離れ
 ( 長江を北へ向かいます
 ( 11月23日、魏の洛陽に至ります



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嵩山 su-zan 少林寺に寓止 gu-si して
面壁而坐 menpeki-niza 、終日黙然なり
しかあれども、魏主も不肖にしてしらず
はぢつべき理もしらず

 ( そして、嵩山少林寺に入り
 ( 壁に向かって坐し
 ( 一日を神妙坐禅の中に暮らします
 ( その地、魏の主も
 ( 達磨大師が何をなされているのか
 ( 知りえませんでした



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師は南天竺の刹利種 seturi-syu なり
大国の皇子なり
大国の王宮その法ひさしく慣熟せり

 ( 達磨大師は
 ( 南インドの王族の出身でした
 ( 大国の皇子で、大国の王宮では
 ( 静謐坐禅の法が受け継がれていました



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小国の風俗は、大国の帝者に
為見のはぢつべきあれども
初祖うごかしむるこころあらず

 ( 小国の風俗には
 ( 静謐坐禅の法は伝わっておらず
 ( 恥ずかしいことと言えますが
 ( 達磨大師はそれを
 ( 蔑むことはありませんでした



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くにをすてず、人をすてず
ときに菩提流支の
訕謗 sen-bo を救せずにくまず
光統律師が邪心を
うらむるにたらず、きくにおよばず

 ( どのような国でも見捨てず
 ( どのような人でも見捨てず
 ( 時に他の考え方をする
 ( 仏者の誹謗を受けましたが
 ( 動ずることなく、憎むことなしでした
 ( また邪心とも言える
 ( 排斥を受けても、恨むことなく
 ( 気にもとめませんでした



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かくのごとくの功徳おほしといへども
東地の人物、ただ尋常の
三蔵および経論師のごとくにおもふは
至愚なり、小人なるゆゑなり

 ( 達磨大師には、このように
 ( 大きな功徳があるのですが
 ( 中国の人々が
 ( 達磨大師に接しても
 ( 普通の三蔵の師や
 ( 経文を講じる師のように思ったことは
 ( まことに愚かで、残念なことでした



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あるひはおもふ、禅宗とて
一途の法門を開演するが
自余の論師等の所云も
初祖の正法もおなじかるべきとおもふ
これは仏法を濫穢せしむる小畜なり


 ( 達磨大師は禅宗と称し
 ( 一法門を主張されたけど
 ( ほかの経論の師たちと
 ( 結局、同じではないか
 ( そのように受け止める人もいました
 ( これは、達磨大師の本意
 ( 仏法の真価を受け止められない
 ( とても残念なことでした



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初祖は釈迦牟尼仏より
二十八世の嫡嗣 teki-si なり
父王の大国をはなれて
東地の衆生を救済する
たれのかたをひとしくするかあらん。

 ( 達磨大師は
 ( 釈迦牟尼仏の真価を引き継ぐ
 ( 二十八代目の継承者です
 ( 父王の大国を離れ
 ( 中国の人々の救済に向かわれました
 ( 誰が達磨大師と
 ( 肩を並べることが出来るでしょう



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もし祖師西来せずば、東地の衆生
いかにしてか仏正法を見聞せむ
いたづらに名相の沙石に
わづらふのみならん

 ( もし達磨大師が
 ( インドから来なければ
 ( 中国の人々は、どうして
 ( 仏法の正法を知りえたでしょうか
 ( いたずらに無数の経文の中に
 ( 迷い煩うしかなかったはずです



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いまわれらがごときの
辺地遠方の披毛戴角 himo-tai-kaku までも
あくまで正法をきくことえたり

 ( 今、日本のような
 ( 辺地遠方にあっても
 ( ちゃんと、正法を聞くことが出来ます



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いまは田夫農夫
野老村童までも見聞する
しかしながら祖師航海の行持にすくはるるなり

 ( 今では農夫であっても
 ( 老人子供をとわず
 ( 仏法に接することが出来ます
 ( こうなりえたのは
 ( 達磨大師が海を渡り
 ( 静謐坐禅の行を中国に伝えた
 ( その功徳因縁によるのです



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 ( 武帝が問います
 ( 師は、凡ですか、聖ですか?
 ( 師がお答えになります
 ( 「 識りません 」

 ( 迷情苦悩を因数分解すると
 ( 「 識り過ぎてる 」 が現れます
 ( 「 識り過ぎてる 」 とはどういう事でしょう
 ( 正しい 〇、その一円を高圧な筆致で描きます
 ( その結果どうなるでしょう
 ( 周り四方は、屈強な正しくない事ばかりです



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 ( 達磨大師の静謐坐禅
 ( 如是の法は
 ( 違う展開を見せてくれます
 ( 正邪真偽幸不幸は確かにあります
 ( ありますが、それらは次々と現れて
 ( 身十字の静謐の中へ
 ( 次々と帰り去ります、消え行きます
 ( 正邪真偽幸不幸は確かにありますが
 ( それらは 「 障り 」 とはなりません



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 ( 体 tai 自 onozuka ら空寂なり
 ( これは、からっぽのことではなく
 ( 滞らない、さわりがない状態
 ( 達磨大師や祖師方は
 ( 何故そんな事が出来るのでしょう

 ( 達磨大師や祖師方が
 ( 指し示す 「 身命を捨てる 」 って
 ( どんな意味か、これが問題です
 ( 「 身命を捨てる 」 って
 ( 心を麻痺させて、つっきる事?
 ( であるわけがありません



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 ( 達磨大師や祖師方が
 ( 指し示す 「 身命を捨てる 」 とは
 ( 心象であれ体感であれ一切を
 ( 坐禅の十字中心へ送り届ける事
 ( すべての、十字静謐への御帰還が
 (  「 身命を捨てる 」 の意味だと言えます



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佐々木正巳 
宮城県仙台市在住 
( 5-6-18 kunimi Aobaku Senndai )

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師 中川 宗淵 老師
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沢木 興道 老師 ( 曹洞宗 )
Rudolf Steiner 先生




正法眼蔵・現代語訳はこちらでした。
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