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行 持  「 波濤 hato 」




行 持  「 波濤 hato 」


黄檗のむかしは
捨衆 sya-syu して
大安精舎の労侶に混迹して
殿堂を掃灑 so-sai する行持あり

 ( 黄檗禅師のころ
 ( 僧堂を離れて
 ( 精舎を整備する方々と共に
 ( 伽藍を掃き清める行持がありました



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仏殿を掃灑し、法堂を掃灑す
心を掃灑すると行持をまたず
ひかりを掃灑すると行持をまたず
裴 hai 相国と相見せし、この時節なり

 ( 仏殿を掃き清め
 ( 法堂を掃き清めます
 ( 心を清めよう
 ( そのような意図はなく
 ( 仏光を掃き清めよう
 ( そのような意図もありません
 ( そのような環境で
 ( 宰相の裴 相国は
 ( 黄檗禅師はと出会います



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唐 宣宗 sen-so 皇帝は
憲宗皇帝第二の子なり
少而 syo-ni より敏黠 bin-katu なり
よのつねに結跏趺坐を愛す
宮にありてつねに坐禅す

 ( 唐の宣宗皇帝は
 ( 憲宗皇帝の第二子で
 ( 子供の頃から聡明でした
 ( 常日頃、結跏趺坐を好み
 ( いつも宮中にて坐禅をなされました



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穆宗 boku-so は宣宗の兄なり
穆宗在位のとき、早朝罷 sotyo-ha に
宣宗すなはち戯而 ke-ni して
龍牀 ryu-syo にのぼりて
揖群臣勢 ugun-sinsei をなす
大臣これをみて、心風なりとす
すなはち穆宗に奏す

 ( 穆宗は宣宗の兄にあたります
 ( 穆宗が天子の位にあった時
 ( 早朝の政務が終わると
 ( 宣宗はいたずらで
 ( 天子の座に上り、挨拶をしました
 ( 大臣はこれを見て
 ( 気が狂ってますと穆宗に奏上します




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穆宗みて、宣宗を撫而 buni していはく
我が弟はすなわち吾が宗の英冑 ei-tyu 也
ときに宣宗、としはじめて十三なり

 ( 穆宗はそれを見て
 ( 宣宗を撫でて述べられます
 ( 弟は、我々一族の優れた冑 kabuto です
 ( この時宣宗は、十三歳でした




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穆宗は長慶四年
晏駕 an-ga あり
穆宗に三子あり
いはゆる、一は敬宗
二は文宗、三は武宗なり

 ( 穆宗は長慶四年に亡くなります
 ( 穆宗には三人の子があり
 ( 上から、敬宗、文宗、武宗です




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敬宗父位をつぎて三年に崩ず
文宗継位するに一年といふに
内臣謀而 bo-ni 、これを易 eki す

 ( 敬宗は
 ( 父の後を継ぎましたが
 ( わずか三年で亡くなります
 ( 次に文宗が後を継ぎますが
 ( 一年ほどで臣下が謀り退位させます



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武宗即位するに
宣宗いまだ即位せずして
をひのくににあり
武宗つねに宣宗をよぶに癡叔 ti-syuku といふ
武宗は会昌の天子なり、仏法を廃せし人なり

 ( そして三男の武宗が即位します
 ( 宣宗は即位前で
 ( 甥である武宗の国にいました
 ( 武宗はいつも
 ( 叔父の宣宗にたいして
 ( 愚か者の叔父と呼んでいました
 ( 武宗は唐は会昌年間の天子で
 ( 仏法を迫害した人です




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武宗 bu-so あるとき宣宗をめして
昔日ちちのくらゐにのぼりしことを罰して
一頓打殺して、後華園のなかにおきて
不浄を灌 kan するに復生す

 ( ある時武宗は、宣宗を呼びつけます
 ( 昔、父の玉座に上ったことを罰し
 ( 打殺してしまいます
 ( 後華園の中に破棄しますが
 ( 宣宗は生き返ります




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つひに父王の邦をはなれて
ひそかに香厳の閑禅師の会に参じて
剃頭して沙弥 sya-mi となりぬ
しかあれども、いまだ不具戒なり

 ( 宣宗は、父王の国を離れ
 ( 密かに香厳禅師のもとに参じ
 ( 髪を剃り落とし、見習い僧となります
 ( しかし、まだ僧の具足戒は
 ( 受けませんでした



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智閑(シカン)禅師をともとして
遊方 yuho するに、廬山にいたる
ちなみに智閑みづから瀑布を題していはく
崖を穿 uga ち石を透して労を辞せず
遠地まさに知りぬ出処の高きことを
この両句をもて沙弥を釣他 tyo-ta して
これいかなる人ぞとみんとするなり


 ( 香厳禅師のお供をして
 ( 廬山へ行く機会がありました
 ( 禅師は滝をお題に詩をつくります
 ( この滝はつねに崖をうがち
 ( 石を砕いています、しかし
 ( 疲れというものを知りません
 ( 遠くから見ると
 ( その有り様がよく分かります
 ( この詩を見習い僧の宣宗が
 ( どのように受け止めるか
 ( 禅師は宣宗の応えを待ちます



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沙弥これを続していはく
渓澗 kei-kan 豈 ani よく留め得て住 todo めんや
終 tui に大海に帰して波濤 hato と作 na る
この両句をみて、沙弥はこれ
つねの人にあらずとしりぬ

 ( 見習い僧の宣宗は、その詩を続けます
 ( 渓流を、どうして止めることが出来ましょうか
 ( 終には大海に帰し
 ( 波濤 hato として砕け散ります
 ( 香厳禅師はこの詩を聞いて
 ( 宣宗が普通の人でないことを知ります



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のちに杭州
塩官斉安国師の会にいたりて
書記に充するに
黄檗禅師、ときに塩官の首座 syu-so に充す
ゆゑに黄檗と連単なり

 ( 宣宗は、後に杭州の
 ( 塩官斉安国師のもとに参じます
 ( 書記の役目につかれましたが
 ( その時の首座(修行僧の頭)が
 ( 黄檗禅師でした
 ( 宣宗は、黄檗禅師と
 ( 共に修行された時期があったのです




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黄檗ときに
仏殿にいたりて礼仏するに
書記いたりてとふ、
仏に著 tui いて求めず
法に著いて求めず、僧に著いて求めず
長老 礼 rai を用いて何にかせん

 ( 黄檗がある時
 ( 仏殿にて仏を礼拝していると
 ( 書記の宣宗が来て尋ねます
 ( 仏に執着することなく
 ( 法に執着することなく
 ( 僧に執着することがないなら
 ( 長老はなぜ礼拝するのですか



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かくのごとく問著 mon-zyaku するに
黄檗 便掌して、沙弥書記にむかいて道す
仏に著いて求めず、法に著いて求めず
僧に著いて求めず、常に如是の事を礼す

 ( 書記がそう尋ねると
 ( 黄檗はその頬をたたきます
 ( そして述べられました
 ( 仏に執着することなく
 ( 法に執着することなく
 ( 僧に執着することなく
 ( いつもそのように礼拝しているのです



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かくのごとく道しをはりて
又 掌すること一掌す
書記いはく、「太麁生 tai-so-sei なり 」

 ( そう言って、また
 ( 書記の頬をたたきます
 ( 書記は述べます
 ( 「 荒々しいですね 」



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黄檗いはく
遮裏 sya-ri は是れ什麽 somo の所在なれば
更に什麽の麁細 so-sai をか説く

 ( 黄檗が御答えになられます
 ( これぞ真実と映る、現実の裏には
 ( 留めようにも止めること能わずの
 ( 滝となり山々を下る渓流があります
 ( それは終には大海に帰し
 ( 波濤 hato として砕け散ります
 ( この現実の裏で進む 「 sore 」 を
 ( 私達は生きようとしています
 ( 今更、荒々しいとかやさしいとか
 ( どこにあるでしょうか



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また書記を掌すること一掌す
書記ちなみに休去す

 ( そう言ってまた
 ( 書記の頬をたたきました
 ( 書記は了然し黙しました




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武宗ののち
書記つひに還俗して即位す
武宗の廃仏法を廃して
宣宗 sen-so すなはち仏法を中興す
宣宗は即位在位のあひだ
つねに坐禅をこのむ

 ( 武宗が亡くなった後
 ( 書記の宣宗は還俗し即位します
 ( 宣宗 sen-so は廃仏法を改め
 ( 再び仏法を興します
 ( 宣宗は在位の間、常に坐禅を好みました




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未即位のとき
父王のくにをはなれて
遠地の渓澗に遊方せしとき
純一に辨道す
即位ののち、昼夜に坐禅すといふ

 ( 宣宗は
 ( 即位していない時代
 ( 父王の国を離れ
 ( 遠方渓流の地におられましたが
 ( 純一に静謐坐禅行を続けられ
 ( 即位の後も、昼夜に坐禅したといいます




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まことに、父王すでに崩御す
兄帝 また晏駕 an-ga す
をひのために打殺せらる
あはれむべき窮子なるがごとし

 ( まことに宣宗の半生は
 ( 有為転変試練の連続だったと言えます
 ( 父王は既に亡くなり
 ( 跡を継ぐ兄もまた亡くなり
 ( 甥のために殺されかかれ
 ( さまよい歩く捨て子のようです



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しかあれども、励志 rei-si うつらず
辨道功夫す。奇代の勝躅 syo-tyoku なり
天真の行持なるべし

 ( しかし、静寂静謐へと
 ( 内十字に砕け散る坐禅行
 ( これを師として常に歩まれました
 ( 稀にみる足跡です
 ( これぞ稀代の行持です



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佐々木正巳 
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( 5-6-18 kunimi Aobaku Senndai )

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Rudolf Steiner 先生




正法眼蔵・現代語訳はこちらでした。
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