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行 持  「 一虎一象 」



行 持   69 )

生前には、一虎一象
よのつねに給侍す、あひあらそはず
師の円寂ののち、虎象いしをはこび
泥をはこびて師の塔をつくる
その塔、いま護聖寺に現存せり



20200726SS00002.png




 ( 生前、法常禅師のもとには
 ( 一頭の虎と一頭の象が仕えていました
 ( 互いに争うことはありませんでした

 ( この 「 一虎一象 」 は
 ( 「 付かず 」 と 「 離れず 」 を表しています
 ( 身体の中に埋没しない
 ( と言う身体からの離脱と
 ( この身で神仏の社 yasiro を建ててこそ
 ( と言う今生身体への敬いです

 ( 我祗管即心是仏
 ( この言葉に法常禅師の
 ( 「 一虎一象 」 が現わされています

 ( 祗管 sikan これは
 ( 祗を只に置き換えて
 ( 「 ただひたすら 」 と言われています
 ( しかし 「 祗 」 の本来の意味は
 ( 「 つつしむ・うやまう 」 です
 ( そして祗管の管は
 ( 「 中が空洞になってる 」 を表します
 ( 身体をわたくしせず、坐禅に供する
 ( 私は身体から出ているので身体は管となります

 ( 我祗管即心是仏

 ( 私は身を坐禅に供し 「 管 」
 ( その傍らでつつしみうやまいます 「 祗 」






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プロフィール

佐々木正巳

Author:佐々木正巳
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「国際交流のための坐禅会」

(ご希望に合わせ随時開催・参加費無料)

2006 東京国立博物館(上野) にて開催
2006~2015 仙台国際センターにて毎月開催
2022 ~  仙台 国見にて随時開催



かつて馬祖 baso の会 e に参じてとふ
「 如何是仏 nyoga-zebutu 」と
馬祖いはく
「 即心是仏 sokusin-zebutu 」と
法常このことばをききて
言下大悟 gonka-taigo す




法常禅師 Ho-zyo zenzi が
馬祖 baso 禅師の坐禅道場で
静かにお坐りになられてる
傍目にそのお姿は、静止してて
水面静まりけり、死人のように見えます
その死んだ水面に、天地が語りかけます
陽光星辰は一瞬も滞らず、その歌を奏でます

法常禅師はある時
馬祖禅師にご質問なされた
「 仏とは、どのようなものですか 」

馬祖禅師が答えます
「 坐禅においては、心が仏となります 」






宮城県仙台市青葉区国見5-6-18
( 5-6-18 kunimi Aobaku Senndai )


仙台にお越しの折は
気軽にお寄り下さいませ

ご連絡先はコチラでした!
090-7325-5711



師 沼田 勇 先生 



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文章を通しての師

Rudolf Steiner 先生
Kōdō Sawaki
沢木 興道 老師 ( 曹洞宗 )










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