行 持 「 鉄塔一基 」
- 2020/07/23
- 22:08
行 持 61 )
師の坐禅には
八寸の鉄塔一基を頂上におく
如載宝冠なり
この塔を落地却せしめざらんと
功夫すれば、ねぶらざるなり
( 法常禅師は
( 八寸の鉄塔を頭の上に置かれて
( その状態で坐禅をなされました
( まるで宝冠をかぶっているようです
( この塔を落とさないよう努めることで
( 眠る事はありませんでした
[ 一寸 3cm × 8 = 24 cm ]

その塔、いま本山にあり
庫下に交割す
かくのごとく弁道すること
死にいたりて懈惓なし
( その塔は今
( 大梅山護聖寺にあります
( それは庫院にあって
( 代々引き継がれています
( 法常禅師は
( 鉄塔を頭の上に置いて
( 身の十字を保持するほど
( 身体を、十字架と言う姿に捧げています
( その心情はほぼ
( 死を受け入れるに等しいと言えます
( 鉄塔を頭の上に置いて
( 身の十字を保持するなんて
( 心を滅却しなければ出来ない事です
( 心を滅却しているのに
( この「 心の滅却 」 を保持いて行くと言う
( 強靭な心を保持されました

[ その心は完全に死んでいて
[ 同時に勇猛果敢に生きている
[ 常識の枠外にある、心の在りようです
[ 一時の自棄 ( 投げやり ) ならば
[ 思い切って出来るかも知れません
[ 法常禅師は
[ 自棄 ( 投げやり ) を24時間
[ 30年にわたり継続なされた
[ そんな事が
[ 出来た法常禅師は
[ 特別な資質才能をお持ちであられた
[ そのように結論づける事も可能です
[ しかし、死の継続が
[ それをなす法常禅師に
[ 法常禅師にすら想定外だった
[ まったく新しい地平を開示したのだ
[ そう推測する事は可能です
[ 栄養の取り方や
[ 心身の成立システムに
[ パラダイムシフトは起こりえる
[ それは、実はそう不思議な
[ 事ではないのかも知れません
.