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行 持  「 みることえず 」



行 持   36 )

鏡清和尚、住院のとき
土地神かつて師顔をみることえず
たよりをえざるによりてなり

 ( 鏡清和尚が道場におこもりになり
......その行を行われている時
......その土地の神々は鏡清和尚を
......見ることが出来ませんでした
......その理解範囲の外におられたからです



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理解は出来なくても
そのお姿を見れば 「 すごいなぁ! 」
感動は湧き上がって来たと、推測されます

芸術作品や素晴らしい音楽耳にしますと
それを理解出来なくてもその感動は
実体として実感する事が出来ます

崇高なものに対した時
私達はそれを理解出来なくても
「 すごいなぁ! 」 と温かくなれます

そのような温かな感動の源を
身体の外に見る ( 持つ ) のではなくて
胸中身中に、身を正す威儀としての
「 聖十字 」 として携帯なされてる
それが祖師方の祖師方たる所以でしょうか


自分で招聘した 「 聖十字 」
自分由来であり
全くの自分を超えてる 「 聖十字 」
そして自分はいつも
「 すごいなぁ! 」 と温かくなれる
とんでもないシステム構成です






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佐々木正巳

Author:佐々木正巳
青葉坐禅堂



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