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行 持  「 一日不食 」




行 持   35 )

百丈山大智禅師そのかみ
馬祖の侍者とありしより
入寂のゆふべにいたるまで
一日も為衆為人の勤仕なき日あらず

 ( 百丈懐海禅師は、以前
。。馬祖道一禅師の侍者をなされていた時から
  亡くなる日の夕べまで
  一日たりともお掃除などの作務を
  なされない日はありませんでした

かたじけなく、一日不作一日不食の
あとをのこすといふは、百丈禅師
すでに年老臘高なり

 ( かたじけないことに
 ( 「一日なさざれば、一日食らわず」 は
 ( 百丈禅師がすでに千秋修行の後
 ( 年老いてからのことです。

なほ普請作務のところに
壮齢とおなじく励力す
衆これをいたむ、人これをあはれむ
師やまざるなり。つひに作務のとき
作務の具をかくして、師にあたへざりしかば
師、その日一日不食なり

 ( 道場の作務の時は
 ( 若い僧と同じように働かれました
 ( 皆心配しましたが、師は止めませんでした
 ( そこで、箒や鎌など道具を隠しましたが
 ( 師はその日、食事をとられませんでした

衆の作務にくははらざることを
うらむる意旨なり、これを百丈の
一日不作一日不食のあとといふ

 ( 一緒に働けない事を
 ( 心よしとはされなかった
 ( これが百丈禅師の
 ( 一日なさざれば一日食らわずの由縁です

いま大宋国に流伝せる臨済の玄風
ならびに諸方の叢林、おほく百丈の玄風を行持するなり

 ( 大宋国に広まった臨済の宗風
  各禅道場のありようは
  多くが百丈禅師の宗風を受け継いでいます




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沢木老師の言葉に
「 去年死んでても文句も言えんくせに 、aho は、黙っちょれ! 」
辛辣きわまる物言いです

人生五十年とすると
私はもう、一回り ( 12年 ) おまけです
12年前に 「 さようなら、です。 」
してても不思議じゃなかった

入寂のゆふべにいたるまで
みんなと共に働ける事は、奇跡と言えます
百丈禅師のように
入寂のゆふべにいたるまで
そんな風に、熱く生きていける方は
とても、豊かな人生だと思われます





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