行 持 「 天厨をまつことなし 」
- 2020/06/26
- 08:19
行 持 34 )
雲居山弘覚大師
そのかみ三峰庵に住せしとき
天厨送食す
大師あるとき洞山に参じて
大道を決擇( Ke`tyaku )してさらに庵にかへる
( 雲居山の弘覚大師が以前
( 三峰庵に住んでいた時
( 天界の料理人がお食事を提供なされてた
( 大師はある時、洞山良价禅師にまみえるえて
( 大道をえ再び庵に帰られた
天使また食を再送して師を尋見するに
三日を経て師をみることをえず
天厨をまつことなし
大道を所宗とす、弁肯の志気おもひやるべし
( 天人は又食事を携え師を尋ねましたが
( 三日たっても師に会うことが出来ませんでした
( 師は天界の給仕を必要としなくなったのです
( 師の大道を尊ぶ志が想起されます

雲居山弘覚大師が
洞山良价禅師にまみえて
お人が変わられた、食を必要としなくなった
と言う一節でした
〇〇を必要としなくなる
温泉に行って身体をあっためる
湯舟に入ってお湯の温かさを感じる
その時の内面って
お湯の温かさの中へ入っていく
お湯の温かさと一つになってく
そんなふうにも思えます
これって身体が温まってるんだけど
身体は消えて ( 身体は必要でなくなり )
温かさの中に自分を感じてる
「 この身体を断念する 」
なんか悲壮な感じもしますが ・ ・
早朝、静かに坐してる
そこで、この身体を断念する
な感じにしてみると、どうなるでしょうか
黎明静寂の中に入っていける
深くて温かい静けさと
一つになったように感じられます
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