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坐禅箴 「 足下無糸 」



坐禅箴  39)


飛空の行履、はかるべきにあらず
飛空は尽界なり、尽界飛空なるがゆえに

この飛、いくそばくと
いふことしらずといへども
卜度のほかの道取を道取するに
杳々と道取するなり

直須足下無糸去なり
空の飛去するとき、鳥も飛去するなり

鳥の飛去するに、空も飛去するなり
飛去を参究する道取にいはく
只在這裏なり、これ兀々地の箴なり
いく万程か只在這裏をきほひいふ



2020年01月19日04



正法眼蔵第十二巻は、「坐禅箴(Zazen Sin)」 でした




直 tada
須 subekaraku
足下無糸 にて、去 yuku べし


「 足下無糸 」とは
支えを失くした状態を述べられてる?
そのようにも推測されます

頭で考える or 身体で考える
どこで考えるに関わらず
その思考 Areaは
PCのメモリーspaceのように
頭部にある三半規管が前もって
準備してなければならない
そう思われます

思考は空間イメージに沿って
あるいは平面イメージに
あるいは直線イメージに沿ってなされる

この空間・平面・直線イメージこそ
思考の支えではないかしらと

次に筆を進めますと
この思考の「 支え 」なしに
思考は成立するだろうか、と問えます

点とは、体積も面積も
距離も有さないもの、そうしますと

「 点 」へと接近を図っても
どんどん中心へ「かくれんぼ」する
生きた理念として現れるでしょうか

三半規管プレゼンツな
3D2D1D 思考世界
それと
腰腹一点プレゼンツな
点 /0D 観察実体はその趣が
かなり異なるのではと推測されます





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