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坐禅箴 「 辺際に涯岸なき 」


坐禅箴  35)

水清んで底に徹って
魚の行くこと遅々

水清といふは
空にかかれる水は
清水に不徹底なり

いはんや
器界に泓澄する
水清の水にあらず
辺際に涯岸なき
これを徹底の清水とす




2020年01月16日01






正法眼蔵第十二巻は、「坐禅箴(Zazen Sin)」 でした


透き通った水、それを見てる
それだけでも気持ちが清々します

ちょっと野暮ですが
その位置関係をimageしますと
私がいて、水面があって、清水があって
そんな位置関係でしょうか

一方、この一節で描写されてる清水は
私が清水の中にいて、お魚になってる
お魚の眼から四方を見てる
そんな位置関係でしょうか


四方が透き通ってる
美しき言葉ですが
「 辺際に涯岸なき 」これは
拠り所が無くなった感じ、に似てます


腰腹の一点に静まって行く
立体→平面→直線、そして点へ
次元が折り畳まれて行く感じ
息をはきつつこの感じを研鑽してます

帰着点の「 点 」を
どうイメージしようか?

この一節を参考にしますと
その点はすべての拠り所が消えても
なおそこに浮いてる
そんな感じでしょうか

拠り所がないのに
どうして浮いてられるの?
そう問えます

もしかして、自我が関わってるから?
もしそうなら、自我とは
すべての拠り所を失くしても
存続可能な実体なのでは?と続きます





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プロフィール

佐々木正巳

Author:佐々木正巳
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「国際交流のための坐禅会」

(ご希望に合わせ随時開催・参加費無料)

2006 東京国立博物館(上野) にて開催
2006~2015 仙台国際センターにて毎月開催
2022 ~  仙台 国見にて随時開催


世界には素晴らしい自然
文化・芸術・音楽があります
その国を訪れたり、その国の方を通して
それに出会うのは、貴重な経験です
もし、その国の方から
「日本の何か、紹介してもらえませんか?」
そう問われた時
10分坐禅会を開催するknow-howがあれば
朝夕の薄明かりの時間に行えば
その場は、あまり明瞭には見えませんので
どんな場所でも
幽玄な古寺の坐禅堂の趣です


坐禅の組み方を習得しそれを伝え
鐘を鳴らして始め、鐘を鳴らし終わる
そこには、何の技量高低もありません
だれでも、開催者になれます


それをどう感じるかは、主催者を含め
その坐禅を経験なされた方々
それぞれ本人に属する事で
他が、どうこう言えるものではありません

それゆえに、世界中の誰にでも紹介出来
それぞれが、己を発揮する貴重な場となります


鐘は仏具店で数千円で購入出来ます
それがあれば、世界中何処を旅しても
要望があれば、誰にでも
日本を代表する「世界の文化遺産」を
紹介出来るわけです
日本で、留学生の方へも紹介出来ます

世界には躍動的で
華やかな文化が多々あります

坐禅という「文化遺産」は
まったく異質な印象を受けます
10分とは言え、全く静寂な時間に佇む
己で己自身の身体を駆使する
これは、情報の嵐に麻痺した現代では
とても新鮮に映るかも知れません。



宮城県仙台市青葉区国見5-6-18
( 5-6-18 kunimi Aobaku Senndai )


仙台にお越しの折は
気軽にお寄り下さいませ

ご連絡先はコチラでした!
090-7325-5711



師 沼田 勇 先生 



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文章を通しての師

Rudolf Steiner 先生
沢木 興道 老師 ( 曹洞宗 )


YouTube はこちらでした。
https://www.youtube.com/channel/・・・・








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