坐禅箴 「 密受心印 」
- 2019/12/28
- 10:17
坐禅箴 5 )
江西大寂禅師、ちなみに
南嶽大慧禅師に参学するに
密受心印よりこのかたつねに坐禅す
南嶽あるとき
大寂のところにゆきてとふ
大徳、坐禅して
箇の什麼(なに)をか図る
この問、しづかに功夫参究すべし
そのゆえは、坐禅より向上に
あるべき図のあるか
坐禅より格外に図すべき道の
いまだしきか
すべて図すべからざるか
当時坐禅せるに
いかなる図か現成すると
問著するか審細に功夫すべし
彫龍を愛するより
すすみて真龍を愛すべし
彫龍・真龍ともに
雲雨の能あること、学習すべし
遠を貴することなかれ
遠を賤することなかれ
遠に慣熟なるべし
近を賤することなかれ
近を貴することなかれ
近に慣熟なるべし
目をかろくすることなかれ
目をおもくすることなかれ
耳をおもくすることなかれ
耳をかろくすることなかれ
耳目をして聡明ならしむべし

正法眼蔵第十二巻は 「坐禅箴(ざぜんしん)」でした
このブログは
読み物としては最低論外である事
確かなはずです
いつもほぼ同じ事
繰り返し書いてるわけですから
ばかなんじゃない?
これが真っ当な反応でしょう
まっ致し方なしです
これは読み物に非ず
自身へむけた作戦会議のような
当面の作戦指示書のような
となってるようなので
頭頂・眉間・人中・鳩尾
息をはき身体前面を下る
息をすい背中を上る
もって姿勢威儀を正す
もうその話しは聞きましたが ・ ・
私もそうですが
お話しが身体に定着してない
それも事実ですね
理想はこの文章のrefrainが
身体から自ずから響いてくる
なんていいでしょうが
行為と証明が同時である
それが道元禅師の真骨頂ゆえ
めげずに歌おう!です
頭頂・眉間・人中・鳩尾
息をはき身体前面を下る
息をすい背中を上る
もって姿勢威儀を正す
この垂直系歌唱が
「耳目をして聡明ならしむべし」
へ直結するは
繰り返し行じていると
そりゃそうかな、と思えて来ます
単純に頭の血行が滞らなければ
そりゃは世界は新鮮に映るだろう
言ったり聞いたりは易く
行ずるは骨がおれます
.