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大 悟  「 半人の不悟者 」


正法眼蔵「 大 悟 」  5)


しかもかくの如くなりといへども
さらに祖宗の懐業を参学すべし
いはく、しばらく臨済に問すべし
不悟者難得のみをしりて
悟者難得をしらずば、未足為足なり
不悟者難得をも参究せるといひがたし

たとひ一人の不悟者を
もとむるには難得なりとも
半人の不悟者ありて
面目擁容、魏々堂々なる
相見しきたるやいまだしや

たとひ大唐国裏に
一人の不悟者をもとむるに
難得なるを究竟とすることなかれ
一人半人のなかに
両三箇の大唐国をもとめ、こころみるべし

難得なりや、難得にあらずや
此の眼目をそなへんとき
参飽の仏祖なりとゆるすべし

2019年11月21日05

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正法眼蔵 第十巻「 大 悟 」でした



「 意識 」と言う言葉
普段の生活でも大問題になる事
あるかも知れない

自分自身は気付かないけど
相手からしたら敵対行為に映る事は
あるかも知れない

指摘されて
「 ぼぉーとしてて、すいませんでした。」
なリアクションならまだセーフの
可能性あるかも知れません

指摘されて
「 はぁ?」なリアクションでは
先が思いやられる哉


普段の生活では「 意識 」は
「 思いやり 」って形で現れる?


臨済院慧照大師の「 大唐国裏 」
道元禅師の「 自己眼晴裏 」
これらは禅僧の指南書ゆえに
姿 ( 坐禅 ) に関する事述べられてる
この身・姿に意をそそぐ事を述べておられる
そう推測されます

禅僧が姿 ( 坐禅 ) に意を注ぐように
普段の生活でも色々親身に意を注がないと
八方ふさがりになって、うまく回らなくなる
これは大いにあり哉と


本日の仮説は、

意識に、受動的・中立的はあらず
意識とは常に
能動的・積極的なもの?




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佐々木正巳

Author:佐々木正巳
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「国際交流のための坐禅会」

(ご希望に合わせ随時開催・参加費無料)

2006 東京国立博物館(上野) にて開催
2006~2015 仙台国際センターにて毎月開催
2022 ~  仙台 国見にて随時開催




何故、坐禅は継続出来るのか?
Why can zazen be continued? (2)


頭で天を衝き、腰を大地に埋める
With your head, hit the sky.
Bury your waist in the earth

身体(身長)の上限下限が明らかになります
骨格の上限下限が明らかになるとも言えます
The upper and lower limits of the body (height) will be revealed.
It can also be said that the upper and lower limits of the skeleton are revealed.

私達は身体(骨格)の先端に立ちます
これは寝てるような状態
骨格がフリーな状態になります
We stand at the tip of our body (skeleton)
This is like sleeping
The skeleton is in a free state




宮城県仙台市青葉区国見5-6-18
( 5-6-18 kunimi Aobaku Senndai )


仙台にお越しの折は
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ご連絡先はコチラでした!
090-7325-5711



師 沼田 勇 先生 



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読み上げ(read aloud)はこちらでした。
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