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一顆の明珠 「 明珠なりける身心 」




正法眼蔵「 一顆の明珠 」 43 )



しかあれども
われもなんじも
いかなるかこれ明珠

いかなるか
これ明珠にあらざると
しらざる百思百不思は

明々の草料を
むすびきたれども
玄沙の法道によりて
明珠なりける身心の
ようすをもききしり
あきらめつれば
心これわたくしにあらず
起滅をたれとしてか明珠なり

明珠にあらざると
取舎にわづらはん





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それって
どう言う事ですか?
こうであって
そうではない、とか
これは、お勉強お試験的
アプローチでしょうか


一方
画家や音楽家は
作品演奏と言う「言葉」で語りけりでしょうか

他方
玄沙師備禅師( 835~908 )
そして道元禅師は
この身の「 姿 勢 」をその表現言語になされてる


この言語は
息で創る内十字をその中心骨格にしてて

ブロンズ彫刻と言うより
時間の中に生命お持ちな 「 音楽 」 にとても近いよな


マグロさんは
その本能で泳ぎ続ける

一方この楽器(Sisei)は
神妙真面目に手にしないと、奏でてくれない

&演奏者と
その観客は同一人物の私

私以外は演奏出来ないし
私以外は聴く事が出来ない


この「 明珠 」なる楽器は
大人の楽器すぎて
手におえないなぁ~ です



とは申せ
この孤高絶対なる楽器
それをめげずに奏でてる
&他とも協調してなさる

天上の音楽とは
かくなるものか?  です

がんばろかッ! ですね







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プロフィール

佐々木正巳

Author:佐々木正巳
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「国際交流のための坐禅会」

(ご希望に合わせ随時開催・参加費無料)

2006 東京国立博物館(上野) にて開催
2006~2015 仙台国際センターにて毎月開催
2022 ~  仙台 国見にて随時開催



かつて馬祖 baso の会 e に参じてとふ
「 如何是仏 nyoga-zebutu 」と
馬祖いはく
「 即心是仏 sokusin-zebutu 」と
法常このことばをききて
言下大悟 gonka-taigo す




法常禅師 Ho-zyo zenzi が
馬祖 baso 禅師の坐禅道場で
静かにお坐りになられてる
傍目にそのお姿は、静止してて
水面静まりけり、死人のように見えます
その死んだ水面に、天地が語りかけます
陽光星辰は一瞬も滞らず、その歌を奏でます

法常禅師はある時
馬祖禅師にご質問なされた
「 仏とは、どのようなものですか 」

馬祖禅師が答えます
「 坐禅においては、心が仏となります 」






宮城県仙台市青葉区国見5-6-18
( 5-6-18 kunimi Aobaku Senndai )


仙台にお越しの折は
気軽にお寄り下さいませ

ご連絡先はコチラでした!
090-7325-5711



師 沼田 勇 先生 



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文章を通しての師

Rudolf Steiner 先生
Kōdō Sawaki
沢木 興道 老師 ( 曹洞宗 )










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