身心学道 「 かつて知らず 」
- 2019/02/16
- 04:09
正法眼蔵「 身心学道 」 16 )
寿行生滅の刹那に
生滅するあれども
最後身より先はかつて知らず
知らざれども
発心すれば、かならず
菩提の道にすすむなり
すでにこのところあり
さらにあやしむべきにあらず
すでにあやしむことあり
すなはち平常なり。

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二つの時間と精神からなる 「こころ」
その中核は受胎前も存在したし
死後も継続して行く
先の事はともかく
誕生以前から存在してた ?
そう↑言われてもねッ
思い出せんけん
判断、保留せざるをえんです。
これは↑正常なる判断ですね
「 あやしむことあり、すなはち平常なり 」
道元禅師は
クリアな受け答えする
優秀ビジネスマンのようです
無理は言はれへん
飲み過ぎて昨夜のこぉよぉ思い出せん
↑コレと
生まれる前のこぉ、よぉ思い出せん
↑これは
ちょと違いまんがな、でしょうか
「知らざれども、発心すれば」
生まれる前のこぉ思い出せんとも
さっ威儀を正そか坐禅しよか!と

二つの時間と、今に生きる身体
そこに永遠?の精神を垂直に打ち込んで
光の教会建造しよかァ!←この着想
四者を別もんと認識せんと
=それらが、ぐちゃぐちゃでは
なんきゃキレイに建たんがな
て言う、予感でしょうか
.