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正法眼蔵 弁道話 12

2018年10月13日15



正法眼蔵「弁道話」 

12 )


宗門の正伝に曰く、
この単伝正直の仏法は
最上のなかに最上なり
参見知識のはじめより
さらに焼香、礼拝、念仏、修懺
看経をもちいず
ただし打坐して身心脱落することをえよ



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「 単伝正直の仏法 」

親から子、子から孫へと
めんめんと伝えられてる
何々家の資産・伝統そのようなもの
そうとも読めます

他方、
この単伝正直の「単」は、
単身赴任の単、単独登山の単
ひとりを意味する「単」
「一つのまとまり」を現す単とも読めます

「一つのまとまり」が伝わって来た

じゃ「一つのまとまり」とは何なのか?ですね
それは、焼香・礼拝・念仏・修懺・看経等の
宗教儀礼をする事ではなくて
皮膚や爪先で国境をなしてるこの身体
その外周を掌握する事
それが「一つのまとまり」だと

坐禅と言う「形」を形成する
それが直「一つのまとまり」行為と言えます

「一つのまとまり」と言うと
一個のおにぎり、お寿司一貫
それも一つのまとまりですね

では、お寿司一貫と坐禅の違い
それはどこだろう?と言う疑問です

坐禅は人がするので息づいてます
息をはいたり吸ったりしてる
海岸の満ち潮・引き潮のような
律動リズムを内包しています

息をはいて・吸い込む
時間シェア的には7:3くらいでしょうか
感覚的には、はいてる時間の方が
長い感じがします

身体外周・爪先まで掌握する
これも
一本調子に気張るのではなく
息をはいてる時は
先端爪先を身体中心へ引く感じ
天空へ上げた「凧」その糸を
引く感じでしょうか

一方、息を吸う時は
各爪先まで我が気が押し出し満ちる感じでしょうか

真逆な「引き」と「押し」
その律動リズムでドローイングする
輪郭線がリズムで浮かび上がる


坐禅と言うシンプルな形
「一つのまとまり」を造形する
この単純な行為でも
「引き」と「押し」と言う
二色の色彩で平衡中和をとって行く
どこまでも二色で織りなすけれど
それでいて
二色が織りなすと新な一色一線となる
その変化変容を
「身心脱落」と言う言葉で表してます
この言葉は、茫然自失
身体や心が消えたようになる
そんなイメージを受けますが
そうではなく
従来の「身体の輪郭感」が脱落し
律動リズム感から輪郭線が引かれた
新たな「輪郭感」が現われて来る
と言う事でしょうか

ラファエロは手にのみを持ち
石から魂を浮かび上がらせた

仏家は「はく息」「吸う息」で
身体の外周に
主体性(精神)を発露せしめる

共に、生きた創造行為と言えますね





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今日もまた
姿勢の研究ばしよか
ですね。




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