ミケランジェロ の 「 手 」
- 2018/03/09
- 03:50

お疲れ様ですっ!
3月9日 金曜日
如何お過ごしでしょうか?
昼間日中は10度超えっ!
てなって来ましたら
蚊はんが、
お部屋ん中楽しそう
ぶんぶんでがんすッ!
まったぃやく極端です。
微笑苦笑でがんした。
さて、こちらの図は
「押さえ」「伸ばし」
その連鎖リンクの図でした。

押さえて伸ばす。
そん伸ばしてるトコが
また押さえとなり
次んトコがそこを伸ばす
こんな図を飽きんと
作成致しておりますと
Fu~n、
「伸ばし」って
身体の中心方向へと
伸ばしてるんねっ!って
理屈知識としては
真新しい事やないニャ
んだとも、身体で表現でける
ちゅうか
「身体文字」んして
身体から読めるよぉなった
ちゅうこっすか
ほんまぁこんReport
お読み頂いてる方には
頭下がる思いで ・・
私は仕事ん方は
どっちかっちゅうと
タイミングと一気呵成で
しゃばしゃばする方やけん
お仕事感覚で
私がこんレポート読んだら
ちゅうか
まどろっこしゅうて
即パスでがんすね
ちゅうても身体んこっは
目と鼻の先どころか
自分がそん中おるんに
如何んとも、どぉ~もにゃらん
一つ一つ熟考試行錯誤
検証修正継続せにゃならん
で、レポートも
こんな進展にしか
ならへんどすにゃ、desita
冒頭にUPの絵は
ミケランジェロはんの
手のデッサン
昨日は、
パワハラ虐待にも成りかねん
坐禅の法界定印
それも両肩甲骨の寄せで
両手を引き戻し
そん形を逆に壊そぉすると
楽ちん形を維持出来
手に表情が生まれるにゃ~
そんなReportでしたが
ミケランジェロはんが
あぁ~描けるちゅうんは
身体中心集約の身体運用でけた
肩甲骨の寄せをなさってた
自我を自分の身体で表現でけた
自我を有してた
ちゅ、ことなんきゃにゃ~
ですね

禅宗でも曹洞宗は
法界定印ですが
臨済宗は江戸期?なんか
法界定印をやめて
違う手組みに変えてもうた
ある臨済の禅僧が
それを憂い元に戻さにゃと
心いためておられた
先生からそれを伺いしより
多くん月日過ぎにけり
でがんすが
教育的配慮からは
致し方無かったんやろにゃ
ですね
そんなん(法界定印)
強制してたら生徒はん
おらんのぉ~なってまうがな
ですね
諸芸・スポーツなら
やったらやったなりの
成長変化を実感でけるじゃろし
なんちゅうても
試合があれば盛り上がれる
ランキングは励みになるし
それがですよ
手は法界定印にして
そこにじっと坐ってなはれ
これじゃ
でけん・苦しいつらい
それonlyやけん
誰も寄り付かんのは
当然でごじゃるすね
かなり(優秀)の人物が
坐禅を真っ向否定しなはる
こりゃ↑一理も二理も或る
でがんすね
とりあえず人ば
成長へ導かんけん
こん道理が一方にあり
諸芸・スポーツの限界も
これまた在りでがんしょか
こりゃ言わずと知れた
それが他(人様)との関係ん中でしか
己ば見出せん、チュこっすか
自然のダイナミクスに接近でけへんチュ
ちゅうても
今はネットで先人たちの業績は
いくらでも参考でけるし
一見無味乾燥な自然科学の知見も
より洗練されちょるけん
心情と冷徹な生理現象
温かきもんと現実の日常
それらが調和なすよぉ
工夫して行くには
ええ時代時期到来なんきゃも
っすね。
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