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2016年12月15日48








お疲れ様ですっ!

12月15日 木曜日
如何お過ごしの事でしたでしょうか?

昨日、大島海峡は荒れ荒れでした
いつもはやさしく水面をたたえて
微笑んじょりますが
そりゃ荒れる時は荒れるんすね


昨日は、明治の日本画家
上村松園さんの文章を
コピペ転載でした

ほんまっ松園さんは
ええ感じな御方どすなぁ~
ですね




2016年12月15日26









皆それぞれ持ち場持ち場で
真剣に生きちょる
そこに違いが出ようはずも
ごじゃらん
なんで
松園さんが功なり名を遂げた
画家さんだから ええ
ちゅうのとはちょっと違うすね

日常生活継続するんも
そりゃたいへんな事ですが
絵チュこりゃ手ごわい山に
勇猛果敢&悪戦苦闘
挑まれたとこが微笑ましいです





2016年12月15日23








えっ?ここで
微笑ましいチュ表現すか?
ですね

仕事や日常に真摯に向き合う
こりゃ大事な事ですが
「遊び」にはならへんすもんね

芸術がええのは、それが畢竟
「遊び」だからすか?
ほんまエエワリィ~はない
何しても自由すもんね

品位ちゅうても、
それを尊ぶ方がおられる一方
こりゃパッと見
あまり品がええとは感じられん
そんなもんもある

そりゃそうすね
「遊び」に
こうあるべきだ 何て無いんすもん





2016年12月15日22









じゃ楽しけりゃいい
やりたい放題じゃ!ちゅうて
遊べるか?ちゅうたら
そんなの無理やな! 
こりゃ
小学生でも分かりますね
やりたい放題しちょったら
ものの数分で
滅茶苦茶になっちまうがな
です





2016年12月15日06









白紙の紙、前にして
そこにどんな線描こうか
どんな色々乗せようか

ある水準まで構想がでけた
ちゅうても
実際筆を動かせばそりゃ
真剣勝負すね 
自分で描いちょるのに
自分でよう見ちょらんと
それこそ
滅茶苦茶になってまうがな
ですね

ほれこそ博ち打ちから
釣りゴルフいろんな趣味
それを遊んじょる方は
それをよー見ちょるすね
まっ~無趣味な私は関心して
見ちょるすね
よー見ちょるもんじゃい!
って




2016年12月15日05










もう20年くらい以前
でしょうか
何気テレビ見てましたら
株でトンでも資産お持ちの
お若い、そう30歳位の方
でしょうか
そん方の暮らしのレポート
東京のウォーターフロント
億はするマンションにお住まい
そこまではいいです
そっからが すげっ! で

朝から晩まで
3つ4つのディスプレイ前にして
市場動向/観察/分析/観察/分析すよ
こりゃ株屋さん博ち打ち
ちゅうより
あんさんは、どっかの工学部の
学生はんでっか?
一日実験・計測/実験・計測
よーもまー飽きんこって
ちゅうもんですね

で、なしてそれがでけるか
彼にとっちゃ株はお金を得る
手段じゃねーーんすね
一日中何時間も休まず
その動向を観察してると
そん中にあるクセがある事が
感じられる
それが株チュもんの特性なんか
人の営みの特徴なんか

そりゃ
その青年の営みは
とんでもにゃ~こっすね

誰かが損して
その分、誰かが得するチュ
最低最悪なゲーム
彼はそこで
よー物事を見る
心眼も駆使してよー観る
と言う
人として最高な営みを
しちょるわけです

まっ遊んじょるわけですが
そんお部屋が
物がほとんど置いてない
美術館みたいにすっきり
しておったのが印象深しすね





2016年12月15日42










この遊び人の特徴は
徹底的そん対象を見る
そこでっか
それもあるレベルを超えると
清浄の領域へと
行く感じでしょうか







2016年12月15日30







えっ?それじゃ~
まるで修行僧
みたいじゃあらへんか?
佐々木はんの
「遊び」感はちょっと
極端ちゃうんっ?

ほうなんです!
株や博打に素人はんが
手っ出しちゃあかん
それはココからすか たぶん

徹底的に見る
時間的にも精魂的にも
そこまでしますか?
ちゅうくらいでける

これには私独特の分析
あるんよん で
何故に遊び人がそこまで
遊べるか?
私の分析はこうです

勝つため、あるいは
納得のいくもんにするため
そん為にはよー見にゃならん
それが時間上も程度の上でも
いっぱいになると
その余剰が自分の心身まで
及ぶんじゃないかと

「日の丸」を図として
活用しますと
真ん中赤丸が自分
その周りの白地が遊びの対象
そう配置しますと
徹底的によう見る
赤丸から白地を見ておったのが
それが勢い余って
もうその「見」が赤丸にも及ぶ
赤丸をも呑み込む
もう日の丸全体が観る対象に
なりまんがな です







2016年12月15日28







禅僧の言葉にも
「正法眼蔵」とか
「尽十方界、是いち隻眼」とか
こりゃ、ある見識を言うちょるんじゃ
ねーすね
今いるこの空間時間が
丸ごと眼になるチュ、まっお話しすね
太陽系なんちゅうても
全然ピンとこんすが
どんだけ大きいんか知りませんが
それで一つの眼だっちゅうんやさかい
大きくでなさったな
チュウもんすね





2016年12月15日27










太陽系でひとつの眼じゃ
ちゅうんやさかい
太陽系を遥か彼方にみるんじゃねく
我眼ん中を感じるが如く
太陽系を内に見るわけすか

こりゃこのイメージを
物理空間上の事として
イメージしても
アホなお話しすね
こりゃ
心的魂的な感受性の構え
でしょうか





2016年12月15日105











物理空間上、そう実生活の
認識見識と
内的魂的な感受性の構えを
まったく別もんとして
認識する使いこなす
こりゃ↑大事な事かも
知れまへんな

私もそう↑自分で書いて
自分で読んで
まっ言われれば
ほぉーなんすが で
無意識のレベル直感では
それらがグジャグジャ
混ぜ混ぜになっちょる

どっから何処までが
実際物理空間上の知見で
どこからが
私の心的魂的感受なんか
よう分からんうちに
今を表象しちゃう






2016年12月15日101








日本画家、上村松園はんの
「わが母を語る」て文章に
こんなやりとりが出ておりやした



^^^^^^^^^^^^^^^^^


母と申せばこんなことがありました。
ある年、文展の締切が近づくのに、
どうしたことか構想がまとまらず、
妙に粘ってきました。
今思えば、明治四十二年、
文展第三回の時でした。
気持ちはいらいらしてくる。
つい、口もきかず、
朝から画室にとじこもっていると、
母が来てこう言います。

「何をくさっている。そうや、
 文展の絵が、かけんで
 くさっているのじゃろ。
 なに、今年はやめなさい」

私は毎年出品してきたのに、
今年だけ出さないのは残念で
なかなか
そんな気持になれません。
すると母は

「文展はまあ、皆の画を並べている
 店のようなものではないか。
 大空から、その店を眺めるつもりに
 なってごらん。
 今年は私の絵がないので
 さぞお店がさびしかろう。
 来年は、私の絵で
 うんと賑わしてやろうと、
 まあこんな風に考えてごらん。
 それ位の自信と
 うぬぼれがなくてはあかん」

その母の一言で、
私の粘っていた気持は、
すぽっととけてしまい、
それで、思い切って
文展出品をやめ
二ヶ月後にあったイタリアへの
出品に心を定め、
落ちついて構想をまとめ
〈人形遣い〉を描いて入選しました。
母は竹を割ったような性格で、
何度か私が思いなやんだり、
迷ったような時に、
活路を開いてくれました。 



^^^^^^^^^^^^^^^^^









2016年12月15日68






実生活・物理空間上で
太陽系丸ごとひとつの眼で
その眼を
内を見るよに見ればええ 
なんちゅうたら
こりゃ
頭おかしいんチャうん?
ですね

是を、
それは心的魂的感受性を
どう構えるかのお話しや
ここに太陽系丸ごと一つの目
そんな目があるとして
それを自分の眼として
内に覗いて見なはれ チュえば
そりゃ心的魂的感受の話し

何でもありやさかい
やってやれん事はないすね






2016年12月15日77









眼ちゅうのは、
一つの感覚器官すか
じゃ、見るって行為意思は
こりゃ何もんっ?

佐々木はんはワケ分からん事
言うやさかい かなわんわっ!
はっほんまっ、ほん通リすね

私達何気に見て 
なんとのう
何かに注意を向けたり  ・ ・
改めてそん行為それ自体に
関心向けるなんちゅう事
せんですもんね







2016年12月15日60








こりゃ、まっ
一つの話しやさかい
かるーっ聞き流して下されっ

シュタイナー先生の著作の中に
「眼」 
これは何かお名前付けんと
何も言えんやさかい
まっ一応「眼」として
この「眼」は行為じゃなく
それ自体生きた実体なんじゃ
ちゅうご説明すね

Fu~n です
眼チュ生きた実体が
あるんでごわすか!?








2016年12月15日135





目には見えんけど
こりゃ生きた実体じゃね
ちゅうもんは
なに、身近にゴロゴロしちょる
ちゅえば
もう溢れかえっちょる
とも言えますでしょうか

お仕事が何故たいへんか?
そりゃ生きた感情がからむ
からっ?
こじれた?中華、
一度固まった感情はそりゃ
鉄よりかとうおまへんか?
ですよね






2016年12月15日144









左右外腹斜筋に注意を向け
ぼやっとした立体感を
「土星の環」をお手本に
面へと導く
これに真摯に取り組んでる
その時
私は何しちょるんでしょう?
それは その推移を
そー、外腹斜筋に注意が行ったな
よし、大きな環をイメージじゃ
って息をすます
それらを私が見ちょるんすね

そして話しをリンクさせると
そん時私は生きた実体である
「眼」をここに魔法のように
呼び出だしてる
浮かび上がらせてる ・・
ほうなんかも知れません

こりゃ静かにする事じゃないと
この経過は微妙やけん
中々感得できんじゃろうなー すね

立ちながら
家ん中ゆっくり歩きながら
椅子に坐りながら
あるいはちゃんと坐りながら
いずれも 静かにしてるすね

一人じゃけん当然なんすが
その静けさの中で
そん微妙な行為を自ら起し
自ら眺める注視する

そこでその注視ちゅう
「眼」を独立した存在として
抽出認識するわけすね

抽出認識するわけすね
ちゅうより
抽出認識できるわけすね








2016年12月15日127





敵意とは言わんけど
あまり心良く
迎えてもらっちょらん
無関心?あるいは
邪魔なやっちゃなぁ~感
そんな感じ受けるとこは
あまり健康には、えぐないすね

お店だったら
用件済めば出りゃええすが
それが職場だったり
あるいは最悪家庭だったり
それじゃ~たまらんすね
やっぱ温かい視線を受ける
そんな環境が
そりゃ健康に良さそうすもんね





2016年12月15日123








そこで智慧の出番なわけです
それを人に期待しても始まらん
チュこれまた
割り切ったスタンスですね
人に期待すっとこから実は
間違いなんや
自分に注がれる温かい視線は
自前でつくるんやっ!
ちゅう
とんでもない発想なわけです






2016年12月15日115






心静かに
椅子にでも坐って
左右外腹斜筋に注意を向ける
ここで既に注視と言う
生きた実体「眼」が
少しとは言えお出まし候すね

次に左右外腹斜筋から
腰廻り全体囲む環をイメージ
それがよーイメージでけるか
それをまた御注視すか

その環が何とのう感じられたら
そのぼやっとした感覚を
息を凝らして面の感覚へと
まとめて行く
それもまた
静かに注意しながらすか

これを静かに
真面目に行うと
そん時、結果として
中華、
傍から他の人が見てれば
その人にはその間中
その人を
静かに温かく見守る
そんな視線が注がれてた
ちゅう事になりますでひょ!
ですね



こりゃトンデモナイ
マジックであり魔法でごわすよっ!






2016年12月15日158








なぁ~nバカな事おっしゃる
佐々木はんもお人の悪い
つい、ひっかかりそう
なっちゃいますよっ!

何、その温かい視線て、
そりゃ佐々木はんの視線じゃ
ありませんか
自分で自分に視線向けて
それがあったかいちゅうて
そりゃ単なる
気休めちゃいまっかっ?


そーここ↑なんですね
このお話しの山は、
乗るか反るかの天王山
関ケ原天下分け目の一番すね






2016年12月15日157








さぁ~お茶でも飲もかっ
あっ今私は紅茶党でしたが
お湯を沸かしてっと
ケトルにお水入れんべって
蛇口をひねる
ちゅうと有難い事にお水が
出て参りますです
はいっ!このお水は
私に由来するものか?
ココですね思案のしどころは




2016年12月15日154










蛇口をひねった!
これは私がした事すね
私由来っ!
じゃそっからお水が出て来たのは
これは私由来かっ?ちゅうと
こりゃ集落の簡易水道インフラに
負うもんすね
確かにスイッチ入れたんは
私ですが出てくる水は
インフラのお蔭だし畢竟
天地の営みに由来するもんすか







2016年12月15日110





天に登り、雲をなし
駆け落ちて川をなし海へ還る
その水さんの大パノラマ大旅行
そん一か所に引込線入れて
ここへ来てもらっちょる

ここ加計呂麻島は
30の集落ございますが
山島でそれぞれ裏山しょってて
そこにミニダムこしらえて
山のせせらぎダイレクト配水すね







2016年12月15日40







蛇口ひねったんは自分ですが
そっから魔法のように
水が出て来て
沸かせばお茶が飲める
この水が私に供給されるんは
私由来じゃないっすね






2016年12月15日43







左右外腹斜筋に
注意を向ける
神妙に感覚を面へと誘う
是は私由来ですね
私が着手せん事には
始まらんです

では、その神妙に
その感覚を持続継続して
10秒20秒30秒って
引っ張って行くと
そん時働いてる「注視」「眼」は
私由来かっちゅうと
天地神霊?に由来する「眼」が
参画して来てる
もう私由来ではなくなる
私と天地の「眼」との協同作業に
なっちょる


てな↑お話しであるわけです
さぁーこの話しを
どう受け止めるか? ですね






2016年12月15日51








古来、先人達はそこで
なんちゅったか?
まずは、やってみなはれ
これですね
私はとりあえずやってみる
そんなキャラですが
この忙しい余裕のない時代に
仮に本田宗一郎さんから
直接
「やってみもせんで何をいっとるか!!」
( 彼の名言 ) って言われても
何でもかんでも皆試す時間も
にゃ~し ですね






2016年12月15日100







神妙に
左右外腹斜筋に注意を払う
それをまた神妙に
面へと誘う

神妙、神妙と来たわけすね
そこで天地の神妙なる
「眼」があれっ?って気付いて
そん人のとこに
引きつられてやって来る

これは、文学的表現で
その状態あらわすとこーだ
チュところすか







2016年12月15日102





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佐々木正巳 
宮城県仙台市在住 
( 5-6-18 kunimi Aobaku Senndai )

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沢木 興道 老師 ( 曹洞宗 )
Rudolf Steiner 先生




正法眼蔵・現代語訳はこちらでした。
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