FC2ブログ

記事一覧

DSC044092 - コピー




お疲れ様ですっ!

8月7日 日曜日
如何お過ごしの事でしたでしょうか?

昨日は急に
下記の如し思い
浮かびけり でした

なして坐禅は
おもろないんだろー
おもろないから流行らんし ・・

こんな↑感じっ!

坐禅を実際してみっと
そー静寂なる早朝とかに
坐禅を実際してみっと

初めは、普段の色々
生活印象・嵐の如し っすが
少し経てば落ち着けば

そこに感じるは
虚無? と 孤独? すか

こりゃ↑どーみても
おもろい心象に非ず っすね

かなり優秀な方々も
この百年この千年
ご縁で坐禅してみても
たぶん同じよー感じ候
だったんじゃないかと


ここ日本、そー日本史
紐解いても
坐禅を称賛推奨されしは
有名人では
聖徳太子くらいすか

星の数、砂の数ほど
幾多優秀なる方々の
レポートに
坐禅が出てこんのは
実際してみて
おもろい心象に非ず 
これを肌で実感されし故
だったんじゃないかと



ルドルフ・シュタイナー先生の
著作ん中
「真夜中に太陽を見る」つ
一言があります

この真夜中は、比喩にて候で
暗っ! つー事 
そー坐禅して感じる
虚無?と孤独? でしょうか

五体満足そーこの身体も
いずれだめになる

身体&心魂、二人三脚で
うまくやってたこの生活も
いずれオサラバですね

思いたくない事実ですが
まっ致し方ない ・・

俗に言う「し」すね

坐禅は身体&心魂
二人三脚でうまくやってる
この生活ん中に
「し」を招き入れる行為
そーとも言えるかも です



坐禅は、坐禅の型に
身体組み入れちゃいますんで
身体は普段の自由を失する

そー
身体&心魂
二人三脚
楽しき生活の中断
そー「し」が
生きてんのに現出する
まぎれこむ

身体&心魂が
分断されて現れるは
「心魂のみの情景」すか

それってどんな情景?
ぱっと見は
虚無?と孤独? だわな
です

ほんじゃーー
お話し戻して
ルドルフ・シュタイナー先生の
著作ん中の
「真夜中に太陽を見る」

その太陽とは何ぞやっ!
ですね

こりゃレストラン入って
美味しいお料理
お盆に乗って
眼前に運ばれてきよる
てな太陽に非ず

これは自ら起す火すね
坐禅なら
キッチリ型を決める
威儀を正す
その動作自体が「火起こし」すか

矛盾した表現なりますが
型はどーでもえくて
大事なるはその「火起こし」


そー「火起こし」に精進すれば
すればするほど
身体の方は坐禅になりますんで

そー身体は自由を失する
そー「し」に限りなく近づく

身体&心魂が
分断されて
「心魂のみの情景」
これがあらわになり
虚無?と孤独? しか
なかったのに
そこに自ら起した火
そー太陽を見る

そーそんな流れでしょうか


つーこって
この百年千年
幾多優秀な方々
坐禅を経験されても
そこに豊かなるもの
魂を揺さぶるもの
それを見出す事なかった
これは当然至極な事だったと
言えるすね

観る眼が
なかったんじゃなく
坐禅がそーいう
からくりになっちょるの
知らなかった
ただそれだけの事かと

このカラクリを理解すれば
理解して仕事に精通するよー
粘り強く継続すれば
こりゃ何も坐禅などせんでも
いつでも何処でも
坐禅はでける つー事
なりますね
バスん中でも電車ん中でも
キッチンの椅子に坐ってても

キッチリ腰を立てて
威儀を正す
身体は自由を失する

そー生きた日常に
「し」が入り込むすね

しは、身体と心魂の断絶すから
身体がしせば
心魂のみの情景が現れる
そー虚無?&孤独? すか

そこでめげず
さらに威儀を正す継続すれば
その心魂のみの風景
虚無?&孤独? 
の風景ん中に
自ら起した火
そー太陽の火が現れるはずすね

虚無?や孤独? 
に対しても
ぜんぜんめげん
そー
心魂が身体と分断されても
ぜんぜんめげん 

そー
「し」に対しても
ぜんぜんめげん ?
まっこりゃ↑実際その場に
なってみにゃ分からんすが

坐禅して
虚無?や孤独? に対峙し
自ら火を起こせんでは
こりゃ実際では
どーにもならん

これは↑容易に察せられ候すね



また
坐禅が「し」後の予習
予備校? つーもの
つまらんすね

それじゃーー
なんかセコイ話しすね
投資家じゃないんだから



身体と心魂の分離つー
最悪の状況
虚無?や孤独? 
と対峙して

その最悪最暗だからこそ
ここで感じる火は
貴いんじゃないかと

これは色彩
コントラストの錯覚
に似てるかも・・です

ここ加計呂麻島におりますと
移動販売車がお豆腐持って
来られるだけで
大感激すね

都会じゃ特売日が有難い
ここじゃ買える
つーだけで有難い

同じお豆腐なのに、です
同じもんが
コントラスト変われば
まったく違うもんに感じる

これは錯覚とも言えるし
同時に現実の生きた生活
でもありますね



「威儀即仏法、作法これ宗旨」
これは道元禅師のお言葉

なんですが
これは道元禅師を離れても
仏道に縁なくても
古今東西いつでも何処でも
通じる公理すね

三角形の内角の和は
180度である
これは誰が言おうが公理すね

これを発見されし方は
この公理使うごとに
ソフト使用料よこせ なんて
せこい事言うはずないすね
皆無料で使える

道元禅師の「威儀即仏法」も
誰でも無料で使える
公理ソフト なんじゃなかとね
ですね



私は20代 
静岡は伊豆大仁に縁あり
望月郁夫先生と言う
坐禅の指導者に
お会いする事ができました

毎朝早朝ご自宅近くの
観音堂にて坐禅
この二月、95歳長逝まで
坐禅の人生を通された


月日を経ても
その観音堂の空気
ありありと思い浮かび候です

私は禅者とは
ご縁ございませんでしたが
結局巡り巡って
同じものが貴い という
認識に一致せしは
有難き巡り合わせすね

月日を経てその価値に
合致でけた

「威儀即仏法」
この価値に至った
アリャコリャは
このダラダラ駄文の通リすね

で、違う回り道を経て
私も同じ事
しよーとしてる
てな感じでしょうか

望月先生の事は
伊豆・修善寺の
吉野真常老師よりご連絡
有難くも受け候で

吉野老師とも
20代お会いしたきり
ご縁なきでしたが
こーしてまた通信し
ご縁継続せしも
坐禅つながり とも
言えるかもしれません


坐禅を通されし望月先生
坐禅僧である吉野老師
これらの方と
まったくもって違う人生
歩んで来たし
また今も歩もう!ですが

坐禅は、すごいっ!
つーー同じ認識に至れりは
ほんまっ!
なんの巡り合わせか
ほんまっ!
有難き限りっすね 。







.

コメント

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

newstoday.jp

Author:newstoday.jp
佐々木正巳 
宮城県仙台市在住 
( 5-6-18 kunimi Aobaku Senndai )

61歳です。

仙台にお越しの折は
何気にお寄り下さいませ

ご連絡先はコチラでした!
090-7325-5711



師 沼田 勇 先生 
師 中川 宗淵 老師
師 瀬島 龍三 先生 

----------------------------------

文章を通しての師

沢木 興道 老師 ( 曹洞宗 )
Rudolf Steiner 先生




正法眼蔵・現代語訳はこちらでした。
http://newstoday.jp/
























.

最新記事